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富士山の写真

富士山 MOUNT FUJI

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富士山の撮影ポイント

「富士山」と「構成遺産」を撮ってみよう

古来より、その神聖で荘厳な景観をもとに「信仰の対象」と「芸術の源泉」になってきた富士山。
その山体だけでなく、周辺の神社や登山道、湖や池など富士山に関わる文化財もまた、富士山の価値を構成する資産(構成資産/構成要素)として現在まで受け継がれてきました。
2013年6月、世界文化遺産に正式に登録された富士山と、その周辺の「構成資産」について紹介します。
※写真は投稿写真です。写真をクリックすると投稿詳細ページへ移動します。
※構成資産は、2013年6月にユネスコの世界遺産委員会によって、世界文化遺産の登録を認められた25件について紹介しています。

構成遺産撮影ポイント

構成資産 撮影ポイントマップ

富士山域

富士山域

標高3,776 m、日本最高峰(剣ヶ峰)の独立峰。活火山。ユネスコの諮問機関イコモスは、富士山は信仰や芸術の山として「日本の国家的な象徴だが、その影響は日本をはるかに超えて及ぶ」とし、その価値を評価した。

山頂の信仰遺跡群

1-1 山頂の信仰遺跡群

山頂には火口壁沿いに、神社等の宗教関連施設が分布。山頂で日の出を拝む「ご来光」や、頂部を巡る「お鉢めぐり」の行為は、近年も多くの登山者が行っており、これらを通じて富士山信仰は現代にも確実に受け継がれている。

北口本宮冨士浅間神社

1-6 北口本宮冨士浅間神社

浅間大神が祀られていた遙拝所を起源とし、1480年には「富士山」の鳥居が建立。16世紀半ば、浅間神社の社殿が整い、1730年代に富士講の指導者・村上光清の寄進によって建造物群の修復が行われ、現在の境内の礎が形成された。

西湖

1-7 西湖

多くの芸術作品とゆかりが深い景勝地として有名。湖面に映える富士山は「逆さ富士」と呼ばれている。西湖は、面積は富士五湖では4番目の大きさで、最大水深は2番目の深さ。

本栖湖

1-9 本栖湖

富士五湖の一つで、五湖の最西端に位置する。最大水深は富士五湖で最も深く、面積は3番目の大きさ。現千円紙幣と旧五千円紙幣の裏面に描かれる逆さ富士のモデルとして有名。

富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社

富士山を浅間大神として祀ったことを起源とする神社が浅間神社であり、富士山本宮浅間大社は、全国にある浅間神社の総本宮。富士山八合目以上を御神体として管理している。毎年5月に開催される、流鏑馬祭が有名。

山中湖

11 山中湖

富士五湖の中で最大の面積を持ち、日本全体でも第3位の大きさ。富士五湖の中では最も高い位置にあり、逆に水深は富士五湖の中で最も浅い。ダイヤモンド富士の撮影スポットとしても有名。

河口湖

12 河口湖

富士五湖の中で最も長い湖岸線を持ち、最も低い標高地点にある。面積は富士五湖では2番目の大きさで、最大水深は精進湖と並び3番目に深い。

忍野八海

13-20 忍野八海

富士山の伏流水が作り出した八か所の湧水地。八海それぞれに八大竜王を祀り、富士山信仰の巡拝地として、富士登拝を行う道者たちはこの水で穢れを祓っていた。国の名水百選に指定されている。

白糸ノ滝

24 白糸ノ滝

白糸ノ滝は、約200mにわたり、富士山の湧水が噴出している。16~17世紀、富士講の開祖とされる長谷川角行が修行を行った地とされ、富士講を中心とした人々の巡礼・修行の場となった。

1-2 大宮・村山口登山道(現富士宮口登山道)

富士山本宮浅間大社を起点とし、村山浅間神社を経て山頂南側に続く登山道。
資産の範囲は、現在の富士宮口登山道の六合目以上。

1-3 須山口登山道(現御殿場口登山道)

須山浅間神社を起点とし、山頂南東部に至る登山道。1707年の宝永噴火で、壊滅的な被害を受け、その後1780年に登山道の全体が復興した。
資産の範囲は、現在の御殿場口登山道となる標高2,050m以上と須山御胎内周辺。

1-4 須走口登山道

冨士浅間神社を起点とし、八合目で吉田口登山道と合流し山頂東部に至る登山道。その起源は明確ではないが、登山道からは1384年の年号が入った懸仏が出土している。
資産の範囲は、五合目以上。

1-5 吉田口登山道

北口本宮冨士浅間神社を起点とし、富士山頂を目指す登山道。14世紀後半には参詣の道者のための宿坊も多くできはじめ、大勢の人々が登るための設備が整備された。
現在、最も多くの人々によって利用されているルート。

1-8 精進湖

富士五湖のなかで一番湖面面積が小さく、周辺は開発されていない大自然の絶景地が残ってる。

山宮浅間神社

富士山本宮浅間大社の前身で、日本武尊が創建したとされる。
本殿はなく、富士山そのものを遥拝する独特の形態をとっており、噴火を鎮めるために山を遥拝していた古代の富士山祭祀の形をとどめていると、推定される。

村山浅間神社

富士山の噴火が沈静化した平安時代末期、山中で修行する人々が現れ、その後、鎌倉時代の終わりには富士山における修験道が成立した。その中心となったのが村山浅間神社である。

須山浅間神社

須山口登山道の起点となる神社。社殿は、1707年の宝永噴火により登山道も含め大きな被害を受けた。現在の本殿は1823年に再建されたもの。

冨士浅間神社(須走浅間神社)

須走口登山道の起点となる神社。 807年に造営したと伝えられ、1707年の宝永噴火では大きな被害を受けたが、1718年に再建された。修理を重ねながら現在に至る。

河口浅間神社

9世紀後半に起きた噴火の後、北麓側に初めて建立された浅間神社とされている。富士登拝が大衆化した中世後半から江戸時代まで、浅間神社を中心とした河口の地は、御師集落として発展を遂げ、現在でも富士山と密接に結びついた宗教行事を行っている。

冨士御室浅間神社

9世紀の初め、吉田口登山道二合目に建立され、富士山中で最も古い神社であるとする記録がある。本宮は、1970年代に富士二合目にそのまま移設され、河口湖町勝山に里宮として鎮座している。 武田信玄公祈願所でもあります。

9-10 御師住宅(旧外川家住宅・小佐野家住宅)※小佐野家住宅は非公開

富士講信者の登拝の際、宿や食事などの世話をし、日常は富士山信仰の布教活動と祈祷を行うことを業とする御師。御師屋敷の多くは表通りに面して入口を設けた短冊状で、敷地を流れる水路の奥に住宅兼宿坊の建物が建てられている。

21 船津胎内樹型

富士山の噴火時、溶岩が複数の樹木の幹を取り込んだまま固まってできた空洞を溶岩樹型と言い、複雑な形ゆえに女性の胎内に例えられてきた。1673年に富士講信者により、現在の船津胎内樹型が発見された。

22 吉田胎内樹型

吉田胎内樹型は1892年に発見され、富士山を訪れた修行者たちから祈りの対象となり、富士講の講者や御師たちにより守られてきた。※内部は非公開です。

23 人穴富士講遺跡

富士山の神の名称の一つである浅間大菩薩の御在所と伝えられた風穴の人穴は、16~17世紀に富士講の開祖とされる長谷川角行が修行したと伝えられる聖地。境内には、信者たちが建立した先達等の供養碑や顕彰碑、登拝記念碑が多く残されている。

25 三保松原 ※上記マップ外

『万葉集』以降多くの和歌の題材となり、謡曲『羽衣』の舞台にもなった。また、15~16世紀以降は三保松原を手前に配した構図が、富士山画の典型となり、多くの芸術作品を通じて三保松原は富士山を望む景勝地として広く知られる。

参考サイト:
静岡県 世界遺産推進課
山梨県ホームページ 「富士山」の構成資産紹介

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