美しい言葉と出合う悦び。
家を出ようと玄関で靴を履いていたら、我が家の恭子さんがスウィッチを切る寸前のテレヴィの音が、耳に飛び込んで来た。
──能登の皆さんは本当にお気の毒ですけれど、「頑張って下さい」、と言うのもそぐわないし、心から「負けないで下さいね」、と申し上げたいです。
コメンテイターの方かも知れないが、街頭でのインタビューのような、日常の中の言葉に聞こえた。はきはきした、女性の声だった。
その声に送られるように扉を開けると、表は桜が満開。一歩一歩と歩を進めながら、ぼくも心の中で、今能登の地で暮らしてらっしゃるお一人お一人に呼び掛けてみた。
──負けないで下さいね、負けないで下さいね。……
懸命に頑張ってらっしゃる人たちに「頑張って下さい」、は気持ちにそぐわない。それを「負けないで下さいね」、と表した人の心を、ぼくは美しいと思った。その語感から、この人の優しさや心のまことが伝わってくる。
数年前の米国アカデミー賞のテレヴィ放送で表彰されたポーランド生まれのアンジェイ・ワイダ監督が、「今日は私にとってとても大切な一日ですので、普段私が映画を作る時に考える母国語で話させて戴きます」、とスピーチを自国の言葉で行われた。通訳入りでゆっくりと。会場を占める英語圏の人たちやぼくなどにも分からない言葉だったが、その響きは真摯で穏やかで、美しかった。
グローバルというのは、何でも英語で喋ればよいってものじゃあない。きちんと母国語でこそ話せる事だ、と深く感じたものだ。
指揮者の小澤征爾さんが、世界から未来の音楽家を目指す若い人を集めて、リハーサルをしていらっしゃる。ある曲の演奏がどうしてもうまく運ばない。すると小澤さん、「この曲の作曲家と同じ国の生まれの人は居ませんか?」。一人の娘さんが手を挙げると、「では何かあなたの母国語で話して下さい」。彼女が誰にも理解出来ない自国の言葉で暫く話して終ると、「皆さん、この国の言葉はタタタタタタ、タタタタタタ、と頭にアクセントがありますね。ではこの曲もそのように演奏してみましょう」。こうやって小澤さんは、この曲の魂を捉えてみせたのです。
これから日本の子供が、広く深く国際的に活躍するためには、まず自らの母国語、日本の言葉をこそしっかり学ばなければ、そして美しく自らを鍛えていかなければ、と思い直した事でした。
テレヴィの中からは、時折こうして、美しい言葉が聞こえて来る。人は言葉で生きる生きものだ。「負けないで下さいね」、と語られた御婦人は、きっと自身の言葉を大切にされる方なんだろう。良い言葉と出合えれば、勇気が湧いて参ります。今日もテレヴィは辛い事象を伝え続けているが、ぼくらも一所懸命、「負けないで」生きて行きましょう。
ぼくはブログというものは初めてだったので、様子が分からず、これまで一寸長く書き過ぎていたようです。今回は半分の量にしてみました。暫くは色色御意見に耳を傾け、自分でも考えながら書き進めてみます。宜しくね!
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コメント (1)
能登生まれの私はテレビに映る映像をみて胸がつまる日々です。言うべき言葉が見つからないとはこのことでしょう。でも
せめて気持ちだけは能登の地において置けるよう日々考えています。何ができるわけでもないのですが。
2007年04月08日 06:40 投稿者 : ひろおやじ