ぼくはテレヴィはあまり見ない人間だが、そんなぼくでもテレヴィのスウィッチを付けると、植木等さんの(それもお若い頃の)姿が、ひょいっと飛び出して来る。植木さんが亡くなられて、その追悼番組として、昔の植木さんの出演映画が、色色と放映されているのでありましょう。
いわゆる“無責任男”として、日本の“高度経済成長期”の真っ只中をシンボルの如く駆け抜けて来られたが、植木さんは知る人ぞ知る“超”の字付きの真面目なお方。でもあの真面目さで、しかも誠実に一所懸命演じられたからこそ、あの“無責任男”の面白さもリアリティも醸造出来たのだとは、今更にして深く思う。今時の“おふざけ”が“お笑い”になると安易に信じられている時代とは、そこはくっきり違うのだ。
そういえば植木さん主演の昔の映画の画面を見ていると、「やっぱり映画だなあ」、と沁み沁み思う。昨今のテレヴィの映像とは、これまたくっきりと違うのだ。映画の撮影所の持つ、きちんとした引き気味のキャメラに、照明もちゃんと当てられた画面作りの技術がしっかり現わされていて、植木さんの映画は決して“名作”と称される作りではないのだが、こういう大衆向きの娯楽映画の中でも、映画の画面は映画の画面なのである。
そういえば昨今は映画の大作・名作を志す場合でも、画面はテレヴィのふんわり軽い映像のまま。むしろそれを望んでいるとさえ思われるのも、これが時代の趨勢なるものであるのかしらん。
ぼくなどは、映画はやっぱり映画だ、と思うものだから、《22才の別れ》でも《転校生》でも、そこは映画的な画面作りを試みた。お客様には、映画的興奮をこそ味わって戴きたいと願ったからである。
この二本の映画で「何故画面を傾けたのですか?」、とよく聞かれるが、確たる言葉に出来る理由があったからではない。只、あの画面の傾き方は、映画館の大きなスクリーンでこそ効果が現われるもので、テレヴィの小さな映像では、只一寸気に掛る程度で終わって了う小技でしかないのだ。詰りはあれは映画的技法であるからこそ使ったのだ、としか言いようが無いのですね。
所で、植木等さんには、ぼくの映画《あした》にもご出演戴いている。1995年作品だから、もう十二年前の事になる。実は昨年ある九州熊本で撮入する予定の映画にお誘いしたのだが、「九州の夏は自信が御座りませんので」、と大層丁寧に辞退された。その時お会いした谷啓さんも、昨秋《転校生》に御出演戴いた犬塚弘さんも、「最近植木が弱ってましてねえ」、と案じていられたので心配していたのだが。ぼくは数年前、九州大分の平松守彦前知事が引退される時の小さなパーティーで植木さんとはお会いしていたが、それに続いて2004年春、ぼくが紫綬褒章を受章した時の細やかなパーティーにメインゲストで来て戴き、上機嫌でユーモラスなスピーチをして下さった。「植木さん、また是非ご一緒に映画を作りましょうよ」、と申し上げると、「はっはっはっ、またあのカントクさんの駄洒落と一緒にねえ!」、と我が恭子さんに向かって、大きくウインクなさったことだった。
《あした》の撮影は、真冬の海辺の真夜中の話とあって、波の満ち干に合せて毎夜の撮影が続く。プロデューサーの恭子さんが自ら植木さんの現場への送り迎えを担当して、夕方にはホテルから海辺への現場送り。そして撮影終了後の早朝、再び現場からホテルへ。その車中、植木さんは恭子さんを相手に「夕べのカントクさんの駄洒落はで御座りますなあ」、とぼくが夜通し、撮影の合間に口にした駄洒落の数数を、逐一懇切丁寧に説明なさる。「これはまことにおかしゅう御座りました」。「こちらはいやはや、わたしなどには理解が難しゅう御座ります」、などと。そして「愉しい撮影で御座りましたぞ。はっはっはっ」、でお終い。これが二ヶ月欠かさず続いたそうである。
この時は、植木さんは古い気質のやくざの親分さんの役。毅然と美しい津島恵子さんを奥様役に、孫の代わりに死んでやるお爺ちゃまを、まことに味わい深く演じて下さった。高橋かおりや、この映画でデビューした宝生舞を始め、いわゆる大林組の俳優さんが大挙出演する群衆劇。夜中の極寒の現場でスタッフが準備する。準備が完了して俳優さんを呼びに行くと、丘の上の待機所との往復に二十分間、スタッフは寒さの中で待たねばならぬ。所が準備完了近く、助監督さんが「さ、そろそろ俳優さんを呼んで」、と指示を出すと、すかさず、「はい、もうボチボチだろうと勝手に下りて来て、待機して御座りました」、と植木さんがにこにこ。最年長の植木さんがそうだから、他の俳優さんもヴェテランの女優さんも、早早とメイク直しを終らせて現場待機。スムーズに撮影が行われたのでありました。
劇中、植木さんと坊屋三郎さんとの共演シーンなど、“昭和芸能史”の一部でありましたなあ。植木さんはこの映画で、「スポニチ主演男優賞」を受賞され、照れ臭そうに喜んで下さったのだった。
ああもう一度、植木さんと一緒に“映画”を作りたかったなあ。植木さん、お疲れ様、そして、有難うございました。植木さんが残された“映画的遺産”を、ぼくらはこれからも、大切に活かします。
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コメント (3)
毎回読みごたえのあるブログありがとうございます。エッセイを読む感覚で楽しんでいます。
2007年04月23日 10:14 投稿者 : 飯塚笑店
大林監督のプログいつも楽しく読ませていただいています。
今、監督の本(さびしんぼう乾杯)を読ませていただててます。
これからも心に残る素晴らしい映画をたくさん撮って下さい。
こころより応援しています。
2007年04月25日 17:58 投稿者 : さびしんぼう
今日、『さよならの会』が開かれるのですね。
去る2004年10月6日にお目にかかって、お声を掛けて戴いたのが、良い思い出です。映画と私達の心の中ではいつまでも生き続けています。ありがとう。そして、さようなら。
2007年04月27日 12:55 投稿者 : 絢音ママちゃん