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2007年05月24日

尾道にて。

テーマ: かく撮りき

大分から尾道までドライブした山ちゃんと恭子さんを挟んで、伝ちゃんとタミちゃんと。

弟の明彦一家と、皆で庭で。後ろには明るい瀬戸内の海が。

 九州《22才の別れ》上映の旅の帰り、尾道に立ち寄って、お馴染みの新聞記者幾野伝くんとタミちゃんに迎えられる。タミちゃんとは吉田多美重さん。尾道山の手の旧家のお嬢さんで、ぼくが昔《ふたり》という映画を尾道で撮影した時、主人公石田ひかりくんの演じる北尾美加の姉千津子役の中島朋子くんが事故で死ぬ。その現場に最適と山の手の坂道のお宅を見付けたが、いくら何でも人が死ぬ場所に玄関先をお借りするお願いは失禮だと悩んでいたら、そこは智慧者の制作担当の叔父さんが、「この家の娘さんをスタッフにしましょう。スタッフの家なら問題はありませんから」、と無理やり制作部の一員に雇って了った。「五時まで」の約束に「はい」と引き受けた好奇心豊かな多美重お嬢様も、それが夕方五時ではなく徹夜明けの五時までと気付いた時には、もうすっかり活動屋の心意気! 山のくねくねした坂道、細道の運転はお手のもの、と以来大林組尾道担当の重要スタッフとなり、「尾道大林映画研究会」を立ち上げてその会長さんにも就任、その後も我が恭子プロデューサーの良き友として、尾道大林組を支えて下さっている。因みにタミちゃんの家の前の撮影現場は、この映画を愛して下さった全国のファンによる『千津子忌』がその後も催され続けるなど名所となり、タミちゃんが早朝牛乳を取りにパジャマ姿で玄関の扉を勢いよく明けると、待ち構えていたファンの旅人のカメラがカシャリ! と鳴るという始末だそうです。ファンとは有難いものでありますな。

 大分からドライブしてくれた山ちゃんのたってのオーダーで、その夜は尾道お好み焼きで腹腹! この店の特製ソースはぼくが子供の頃からの味。三浦友和くんも大好物で、良く尾道土産に持ち帰っていましたね。坊やたちも立派に成人されて、百恵ママもすっかり落ち着かれたことだろう。友和くんもますますいい味の役者! 俳優夫妻とのお付き合いも40年ともなると沁み沁みよい味になりますねえ。


母の法要。弟一家の後ろに伝ちゃんタミちゃん山ちゃんトリオ。

写真の中の父と母。仲良しの夫婦でしたね。美男美女でもありました。

恭子さんに甘える、姪の万里江ちゃん。レディになったりべビィになったり。

大分に電話する山ちゃん。《22才の別れ》はまだまだ上映中です。

 翌日は隣町の弟夫妻の家で母の17回忌。お坊様もすっかりお若い息子さんの代になられた。九州へ帰る途時の山ちゃんたちに、伝ちゃん、タミちゃん、と皆で出向く。母は生前タミちゃんのお花の先生でもありました。母がこの世を去ったのが《ふたり》公開初日のこと。あれから17年が、もう! 大阪キャンペーンの夜、弟からの電話で母の危篤を知り、翌朝恭子さんは大阪から尾道へ。ぼくは初日舞台挨拶のため東京へ向う。大入りで舞台挨拶が急遽2回に。その2回目の挨拶を終えて舞台から降りた所で母の死の報を聞いた。すぐさま新幹線に飛び乗る。生まれて初めて、母の居ない尾道へ。不思議だった。心穏やかで幸福感さえあった。「母はこのぼくの中にいる。もう別れることも無い」。その日も、若いお坊さんと昔噺など交わしていると、ぼくもいつの間にやら爺さんだ。なのに心の中の母は若い。昔がそのまま、今もある。その中を、弟の娘がつつましく育っている。ぼくの家族だ。家族の日日は繋がっているのだ。

山ちゃんを送り出す万里江とママと真ん中はタミちゃん。

 山ちゃんたちを送り、夜は弟一家と食事会。ぼくが家を出て了ったので、医家を継いだ弟夫妻が、こうした家のことは総てやってくれている。有難いことである。今度ゆっくり、弟たちと大分の陽の旅に出ようよ、などと語って愉しい一夜を過ごす。

 翌日は長野から信越放送のテレヴィ取材班が尾道へ。《転校生》の一時間番組の収録のためである。ぼくは劇中一夫と一美が入れ替る御袖天満宮に取材班を案内。大きな一枚岩から切り出された岩で作られた五十六段の石段の、一番上の段の石にだけ繋ぎ目がある。これは「人間の作り出すものに完璧なものは無い」、という教えを表わすものだそうで、ぼくが映画を作る時、いつも心に浮かばせる言葉。つまり、「畏れよ、驕るなかれ」である。尾道は石の町。古来全国に石工が招かれ赴き、こういう匠の教えをも表わしていったのでありましょう。
 続いて、実家の二階の部屋。ぼくが少年時代を過した場所にあるピアノを弾きながらの取材。この部屋の押入れに映写機と共に潜り、襖に小さな穴をあけてそこから自作の映画を壁に映して、近所の人を集めては上映会。そのサウンドはこのピアノを叩いて作った自作の音楽。ぼくの現在に至る原点がここにはある。
 そして海岸通りにある木造旧家前で。25年前の《転校生》で一美の家だった所。今回の《転校生 さよならあなた》でも唯一尾道ロケを行った場所。あの頃の尾道は、もう殆ど消えて了った。でも映画の記憶の中には、今も尚残っている。新しい《転校生》パンフレットのために依頼した原稿が、色色ホテルに送られて来る。パンフの編集を担当してくれている娘の千茱萸さんからだ。昔の《転校生》では彼女は劇中の8ミリ映像も写す8ミリ少女だった。主役でデビューした小林聡美くんと同年配。すっかり互いに大人になったその聡美くんがチャーミングなコメントを寄せてくれている。山田太一さんからの長文の原稿もある。嬉しい贈り物に、ぼくも4,000字の一文を、海の見えるホテルの部屋で認める。《ふたり》でデビューした石田ひかりくんも17年経った今、新しい《転校生》に戻って来てくれた。母となり、自ら童話作家ともなり、今回はチャーミングな先生役としてだ。《マヌケ先生》のぼくの役で尾道でデビューした厚木拓郎くんも出ているぞ! 《あの、夏の日》の勝野雅奈恵くんも! 《転校生》からは宍戸錠さんに入江若葉さん、昔の吉野アケミ役の林優枝くんも。ぼくの《理由》でデビューした寺島咲くんは、今回その吉野アケミ役でただ一人、尾道ロケに参加した! 他にも、尾道映画でお馴染みの人もいっぱい! 映画の仲間に囲まれて、映画の旅はこうしてまだまだ続くのであります。

瀬戸の魚料理を前に弟一家。明彦、万里江に挟まれて直子さん。

明彦の友人、お肉屋さんの牛ちゃんを真ん中に皆で。

万里江嬢の親友さんが登場。二人はさっさとカラオケ店へ。若い人はいいね。

長野から《転校生》テレヴィ取材班が。軽く打ち合せして。

伝ちゃんタミちゃん二人で、ブログの写真を東京のはずき嬢に転送。

帰りの新幹線車窓から見える富士山。初めて見たのは十八才の時。五十年の昔。

帰京して直ぐ、教授を務めている尚美学園大学院へ。若い人の熱さが嬉しい。

事務所ではチーフの南柱根君が待機。ぼくが旅してる間に280頁の脚本を試みに。

重松清さんから原作小説をお与りしている《その日のまえに》。いよいよ次の映画の始動だ。

コメント (1)

多美重さま 変わらぬ姿 懐かしいです。
お馴染みの大林組の方々に、お会いできそうな作品の公開 楽しみです。

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