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2007年06月21日

松井がホームランを打つときに。

テーマ: かく語りき

長野善光寺《転校生》上映会の写真を整理して森ちゃんが来社。

雨の中、最後まで鑑賞して下さったみなさんの姿に感動!

びしょ濡れの地面に坐りこんだ方もいらした。.

ジャズシンガー大橋美加、瑠奈、耀司の御一家が遊びに。瑠奈ちゃんのミュージカル『ココ・スマイル』も間近か。

瑠奈ちゃんのお友達のお父さんが作った季節の和菓子。綺麗で美味しそう。

突然また大分へ。山ちゃんの同級生さんのお店で昼食。

お店の前でお母様も一緒にパチリ!

 松井選手がバッターボックスに立っている。夢のようだ。ヤンキース軍の一員としてであります。
 ヤンキースといえば、かつての野球少年であったぼくなどには、夢の夢のまた夢の大舞台だ。《くたばれヤンキース》という映画や舞台劇があったように、強くて強くて強くて負けを知らない世界一のチーム。そのチームの中で、いま日本の松井秀喜がプレーしているのであります。

 しかしぼくが子供であった頃には、日本はアメリカと戦争していたのだ。このヤンキース軍は敵国アメリカのチームだったのだ。日本でも野球をしていたが、「ヨシッ」、「ハズレ」。これは「ストライク」、「ボール」のこと。敵の言語であるから英語は使わなかったのですね。
 近頃では日本がアメリカと戦争をしていたなんてことも知らない子供たちも多いという。それを嘆く大人もいるが、歴史の勉強は別として、「戦争を知らない子供たち」が増えるのはいい事だ。人間の歴史から戦争の文字が消えちまえば一番良い。
 世界中の人間が、ある日突然手にしていた銃を一斉に捨て始める。銃が無くなった、平和だ、平和が来たぞ、と皆で銃を持たぬ大手を振って喜び合う、──これはぼくらの大先輩 黒澤明監督が夢見た映画の一場面。実現はしなかったけれども。
 それは《こんな夢を見た》、──という映画の脚本の中の一場面。当時だって合成をすればこういう映像を生み出すことは可能だった。しかし黒澤さんは、これを現実に世界中をロケして、実写の画面で実現したかった。御自身は既に高齢で世界ロケは難しかっただろうが、それでも世界各国の映画人に頼んで撮影して貰う。映画が世界を結び、共に平和を願う。セカイのクロサワと呼ばれた大先輩に相応しい映画作りの夢であったと思う。
 しかし《夢》という題名となって完成したこの映画の中に、その場面は無かった。平和だ、平和だ、の喜びに満ち溢れた場面は、一映画作家の夢に止まり、実現はしなかった。

 松井選手がヒットを打って出塁し、ヤンキースの仲間たちが大きな声援拍手を送る。テレヴィの画面が臨時ニュースに替わると、今日も世界は戦争のニュース。多くの人命が失われ、人びとの悲しみは終らない。
 止むに止まれぬ事情があって戦争は起きるのであろうが、止むに止まれぬ思いが平和を生むことは無いのであろうか。戦争を起こすのも人間なら、平和を創造し得るのも人間ではないのだろうか? 黒澤明監督が願う世界の平和は、一映画作家の「夢」に終って了うのでありましょうか。
 《夢》という映画の中に、青年画家の「私」に扮した寺尾聰さんが、ゴッホに出会う場面があった。それもゴッホが自ら描いた絵の中で。
 その合成場面の撮影は、主に黒澤さんの僚友本多猪四郎監督がハイビジョンカメラの前に陣取って担当されていた。あの《ゴジラ》の本多監督であります。黒澤さんは時どき本多さんの後ろに立って、「イノさん、面白いねえ」、と友の苦労を労っていらしたが、肝心の寺尾さんがゴッホの絵の中に入って行く場面だけは、御殿場に巨大なゴッホの絵のセットをこしらえ、巨大な額縁を立てて、寺尾さんが実際にその額縁を踏み越えて絵の中に入って行くという画面を撮影しようとなさっていらした。  けれどもこの試みは上手くはいかず、黒澤さんは潔くこの画面を諦められた。この映画の合成シーンを担当していたジョージ・ルーカスのスタッフが、こういう場面こそ合成でやれば容易に作れますよと勧めたが、黒澤さんはにっこりと微笑まれて、「合成は、汗を掻かんからねえ!」。  巨匠の映画は、いつも汗を掻いていたなあ、一所懸命の汗を。その汗と努力が観客を感動させ、映画の夢へと導いて行ったのだった。それが映画の美しさと力であった。合成では映像は作れるけど、映画にはなるのか、ならぬのか? そこの所が現代の映画人であるぼくらに、深く問われる所であろう。

 ぼくが去年作った二本の映画は、一方の《22才の別れ》は全体の8割がCG合成。もう一方の《転校生》は全編合成無しが狙いで作られた。この二本揃えて、ぼくの2006年の「映画作り」の試みである。
《22才の別れ》の方では、普通に撮っても撮れる映画で、敢えて合成作業を試みた。「合成すれば容易に手に入れることが出来る」というカットが欲しいのではなく、「合成することで汗を掻く」カットが狙いだったのですね。時間のひどく掛る大作となったが「合成画面」という現代の時代性を画面上に醸造したかった。殆どの人がこれを「合成画面だと思わず映画を見てくれる」という風に映画は仕上ったので良かったと思う。これは本来「CG合成」などを必要としない映画であったのですね。
《転校生》の方は色いろ合成した方がロケも楽だし映画も面白くなるという企画だったので、敢えて全編実写で通した。スタッフも俳優たちも、だから死ぬほどぶっ倒れるほど汗を流した。出来上った映画を見た人が「どういう合成をしたんですか?」と問うのに、「いや、ただ実際にやって写しただけ」。それがむしろ異様なほどの映画的興奮を呼び覚ますことに繋がった。
 ぼくは現場にいる時、いつも容易な方法と容易ではない方法があるとすれば、ためらわず容易ではない方法を選ぶ。それがお客様をもてなす唯一の方法であるから。  世の中のことはみんなそうじゃないのかなあ。容易に事を片付けようとすれば戦争になるし、平和を願うなら容易ではない事を色いろと、汗と努力で以って解決してゆかねばならないでしょうからね。
 映画を作るって、つまりはそういうことを色いろ考えることなんですよね。難しい問題は一杯あるけれど、それを喜怒哀楽の中から考える。そこに映画の面白さと役割りとがあるんだろうと。ぼくが映画を作る以上に、映画がぼくを作ってくれているんだと、沁み沁み有難いことだと思われるんですね。

 あ、松井のホームラン! スリーランで、ヤンキース軍の勝ち! 野球の勝ち負けは愉しいね。汗が飛び散っている! 陰の努力が滲んでいる! だからぼくらも嬉しくって手を叩く。映画も世界も。そうでありたいですよね!

大分信用金庫主催の一年に一度の「信金の日」で講演。

映画で集う人たちや映画女優さんの人と暮しの話などする。

恭子さんの古里 秋田在住カメラマン大野源二郎さんの写真集から作った短編映画《まほろば》も上映された。

大分信用金庫の山上さんと記念撮影。

その夜は8年前の「全国植樹祭」の仲間たちと共に。

もう十年越しの友人たちであります。

大分の朝。すっかり見慣れた情景。恭子さんはこの町に住みたいと言い続けている。

ホテルで飛び入り取材。大分の劇場は《22才の別れ》から《転校生》へとバトンタッチ。

山ちゃんのお知り合いのフレンチレストランで昼食。

由布院の宿でおはぐろとんぼの群れと出合う。

赤い茱萸の実の飾られた食卓。

久びさの湯の宿で。

恭子さんはお料理をパチリ!

ぼくは緑の中で原稿書き。『転校生・本』です。

ヴェランダで恭子さんが読んでいるのは重松清さんの『その日のまえに』。どういう映画になるのかなあ。

恭子さんはお花をパチリ!

パチリ!で、午後は東京へ。

旅のラストは朝食をパチリ!

コメント (2)

汗をかかんといかんです。今は『労せずして』が罷り通る世の中。
楽して生きる姿ばかり見せては、子供には心が伝わりません。
格好悪くても『一生懸命』や『頑張る』や『努力する』姿を見せたいと思います。(それしかできませんが)

はじめてコメントさせて頂きます。
今回の記事に写真が掲載された「びしょ濡れの地面に座り込んでいた人」の本人です。
当日は作品がとても素晴らしくて、少し位濡れても全く気になりませんでした。
明日の公開初日にも、劇場で「転校生」を観賞します。

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