《転校生》をお届けいたします。
8月中に出版したい「《転校生》本」の編集打ち合わせ。柳谷に編集員とアシスタントの秋田さん。
東京学生映画祭にゲスト出演の打ち合わせ。委員の皆さんと。
GYAO昭和TVチャンネルイベントの打ち合わせ。
長野から取材でいらっしゃったカントリープレイス原田さんと角川宣伝部の新人日野君。
《転校生》《22才の別れ》キャメラマン加藤雄大さんが来社。
「映画秘宝」の《転校生》特集記事で三留まゆみさんと対談した記事を手に千茱萸 さん。
オリンパスブログ担当の皆さんと初顔合わせの夕べ。
いろいろと写真についての話が弾む。
新聞のテレヴィ欄をぼんやり見ていたら、お昼の時間に小さく《群衆》と載っていた。ああ“ジョン・ドー”だ! と思い出した。“ジョン・ドー”はこの映画の主人公の名。社会に向って抗議するため、市庁舎の塔から投身自殺しようという失業者。だが実在の人物ではなく新聞社を首になった女性記者が腹立ちまぎれに新聞社に投書した偽名。これを使って商売を考えた新聞社は、やはり失業した野球選手を“ジョン・ドー”に仕立てて売り出す。ラジオの人気者になったり選挙運動に巻き込まれたり、この“ジョン・ドー”を演じたのが若き日のゲーリー・クーパー。クーパーといえば西部劇の正義のガンマン。いつも颯爽と悪をこらしめる、ぼくらの人気者。この映画もストーリーは社会劇風だが、フランク・キャプラ監督によるハリウッド製娯楽映画。ハラハラドキドキしながら社会の仕組みについて考え、システムが生む人間の悪について思いを巡らす。“面白くて為になる”、というのが、映画という娯楽でしたねえ。
思い出すのはモノクロオムの画面にしっかり刻まれたゲーリー・クーパーの表情。あの頃はまだ黒白画面の映画が多かった。(ブラック・アンド・ホワイトだから“黒白”ですよ。これを“シロクロ映画”と呼ぶのは間違い)。今思うとモノクロオムの映画は彫刻のようだったな。光と影で刻まれる画面の中で、ゲーリー・クーパーの表情は彫像のように心に刻まれて記憶されている。《22才の別れ》では、筧利夫くんの顔をこのように撮影しましたね。そのような映画中人物として、彼に存在して欲しかったから。それに比べてカラー映像は絵画のようですね。モノクロはある“意志”を、カラーは“情感”をより写し出す。筧くんの顔を極彩色に撮影したら主人公の性格も変り、映画は全く違うものになったでしょうね。黒澤明監督の映画はモノクロからカラーになってすっかり別のものになったでしょう。今は、若い人はモノクロオムの映画を見る習慣が無いけれど、ぼくはもう一度この現在に、意図的にモノクロオムで映画を表現する意味があると思いますよ。絵画と彫刻の違いのように映画を刻み込むことも大事ではないかと。表現された情報がマイナス1になれば、人の思いがプラス1になる。絵画だって余白が大事。刻み残されたノミの後に、人の物語が潜んでいる。
おととい《転校生 さよならあなた》が全国公開されました。ぼくは東京・新宿のガーデンシネマで初日の舞台挨拶を行ったのだけれど、世の中随分変わりましたねえ。
ついこの間までは初日の第1回目の上映はウチコミといって、映画館の前にずらりと人の行列が出来たものです。雨の中など濡れながら並んで下さっている人たちに、思わず握手して廻ったもの。ところが今ではインターネットでチケットが買える。静かな映画館へ入って行くとチケットは既に完売だとかでお客様は指定席にきちんと座ってらっしゃる。上映後もかつてならパンフレットを求める方たちに百冊も二百冊もサインしたもの。今はそんな賑わいも無いんですね。表の通りを歩いていても映画の看板も無いし、ぼくみたいにふらりと《転校生》を見ようと入って来るようなお客も無いみたい。
《22才の別れ》は撮影地の大分を中心にゴールデンウィークはフィルムを担いで上映旅行をして、市民の皆さんともお会い出来て嬉しかったけれど、《転校生》では善光寺上映会で長野の人たちと、大阪の試写会でファンの方たちとお会いしたきりで、いきなり東京公開の舞台挨拶。こんなことは初めてで、ぼくはちょっと戸惑っています。
これまでは公開前の二週間から一ヵ月ばかりはキャンペーンの旅。各地のファンの皆さんにご挨拶して廻ったもの。ラジオやテレヴィ、新聞雑誌の取材で土地の方たちと親しみを深め、それから映画の公開。それが今回はそういうこと無しで全国色いろなところで映画は上映中。何だか勝手に映画だけが押しかけてお邪魔したみたいな、申し訳ない気持で一杯ですね。と同時に自分の映画がどこでどうなっているのやら、まことに不安でもあります。
今日は川崎のラジオで生を一時間、明日のための収録で一時間、その他を含めて午後一杯、旧友の岡村洋一さんの司会で過して来ました。川崎地区では何と三館で《転校生》の上映が行われています。やっとのことで当地の皆さんとお会い出来た感じで、一所懸命お話して参りました。これで川崎の方たちと一体化出来た感じで、嬉しいことですね。
今朝、出掛ける前にテレヴィを見ていたら根岸吉太郎監督がちらっと映ってました。根岸さんも新作の舞台挨拶でしたが、出演者の女優さんが離婚するとかしないとかのニュースで、話はそればかり。共演者の名も監督の名前も紹介されなかったんじゃないかしら? これでは一体何のための舞台挨拶の取材なのか? 根岸吉太郎さんといえば現在の日本で最も輝いている監督のお一人。根岸さんにも映画にも何だかとっても失禮な感じなんだけど、そう感じるぼくの方がもう古いんですか? それともこれも映画の宣伝なのかなあ! 世の中変わったんですね。《転校生》の方はそういうテレヴィで話題になるような人は出演しておらず、舞台挨拶も少年少女四人プラスぼくでしたから静かでしたね。かつてなら出演者全員がずらーっと並んだものですがね。あ、三年前の《理由》の頃にはまだそうでした。写真撮影は大勢いらして下さってましたが、昔からの《転校生》を大切にして下さる方たちなんでしょうね。新聞雑誌の記事も、皆さん本当に愛情の籠った良い記事ばかりが沢山出て、嬉しかったです。
大阪でも東京でも、観客席には25年前の《転校生》世代が多く見られ、この映画への変わらぬ愛情が感じられて幸福でした。有名タレントもアイドルもいない、映画に対する一所懸命とお客様をおもてなししようという心意気だけで作り上げた《転校生》。これはスタッフや出演者の皆さんのお蔭ですけど、映画を見ることの悦びを純粋に感じて戴けるなら嬉しいなと。その思いが次世代の子供たちにも伝わっていって欲しいなと。まだご挨拶に伺えていない各地の方がたも、どうか宜しくお願いいたします。
──大人の人たちが一所懸命、眠る間も食事する間も惜しんで、毎日毎日本当に愉しそうに映画作りに励んでいる姿を見て、わたしたちも一所懸命頑張らなくっちゃ、そのことを思うだけで撮影の一ヶ月を乗り切りました。
お疲れの会で涙が止まらなかったこの映画に出演した15歳の蓮佛美沙子くん。まだ無名に近い新人ですが、《転校生》をご覧になったその後は、この若い女優さんの将来を、どうか温かく見守ってやって下さいね。エンドマークの向うに、ぼくらの未来があるのですから。
今回は《転校生》を皆さまの前にお披露目したご挨拶とさせて戴きます。全国の皆さまに遠くから失禮致します。ごめんなさいね。
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コメント (3)
姪の写真を、モノクロとカラーで同じタイミングで撮った物が有ります。何故かモノクロの方を観た方が、その時の気持ちを思い出せるのです。夢の中は、カラーなのに。思い出はモノクロのようです。
2007年06月28日 13:52 投稿者 : 絢音ママちゃん
3日で4回拝見、感無量です。訪尾しては某有名犬と坂道散策する小生、尾道との出会いが前作。舞台は違えど空気感はまさに「転校生」。愛、慈しみ、生命。テーマの深みを感じます。これからも未来の子供たちに見せたい作品を。週末は早速信州ロケ地巡りでも。
2007年06月28日 18:41 投稿者 : しげぞー
早速週末1日信州へ。市内、戸隠、松代、小布施・・・尾道で鍛えたロケ地への嗅覚で滝からそば畑まで踏破。いつもながら映像マジックに感嘆も、既にない建物も。25年前の風景が残る尾道の魅力再認識。23日に新旧同時上映だそうで楽しみです。
2007年07月02日 07:51 投稿者 : しげぞー