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2007年07月12日

アナログからデジタルへ。
 ──篠山紀信さんとの思い出。

テーマ: かく撮りき

今日はNHKのロケで長野へ。霧立ち渡る碓氷峠。真っ白な闇。

《転校生さよならあなた》で、一美の実家として御世話になった蕎麦処大丸さんにて。NHK長野の大湾瑠キャスターと。《転校生》番組の取材で!

店内には、撮影時の集合スナップや美術監督の竹内公一さんが書いた絵コンテ、ポスターなどが飾られていた。

大丸さんのご夫妻と娘さんと一緒に、パチリ。ご馳走様でした!

まだまだ撮影は続きます・・・・・・。

ファーストカットである東之門町の石段にて。普段ここは、あまり人が通らない 道だそう。

映画のラストシーン、戸隠高原の蕎麦畑で恭子さんをパチリ。春になると、一面真っ白な蕎麦の花で埋る。

 写真を写していると、時に思い出すのが篠山紀信さんのことである。写真家の紀信さんとは、若い頃よく一緒に旅をした。京都へ同行したり、ぼくの古里・尾道へ赴いたり、遠くカナダ大陸を放浪したりもした。
 ぼくはいつでも16ミリのムービーキャメラを手にしていて、紀信さんは珍しそうにぼくの手許のムービーキャメラにちらちらと目を遣り、ぼくもまた紀信さんがさっとカメラを構える勇姿を盗み見る。ぼくはムービーキャメラを構えると、一定時間はキャメラを廻し続け、時間の流れの中で作業を行う。ところが紀信さんはさっとカメラを構えると瞬時にして作業を終了する。共に映像でもって世界と対峙することを仕事としていたから、互いが手に持つムービーキャメラとスチルカメラとの違いに、従ってぼくらは互いに大いに興味を持っていた。ぼくがこの頃日日カメラを持って写真を撮るようになってから、カメラを構える度に紀信さんのことが心を過ぎるのは、きっとその故だろう。つまり、「写真って、何だ?」、とふと考えて了うからなんでしょうね。

 カナダのカルガリーへ『スタンピード』というホースレースの撮影に行ったときだった。同行したある企業の担当のおじさんが大のカメラ愛好家で、旅立つ前に紀信さんの用具を調べ上げ、全く同じカメラを購入して旅に出た。現地に着くや紀信さんはさっと仕事を始める。紀信さんがカシャッ! とシャッターを切るや、その姿をじっと見ていた件のおじさんは直ぐ様紀信さんが撮り終えたと同じ場所に立ち、同じ方向に向けてカシャッ!
 何日か経って互いに親しみを覚えるようにもなったあるとき、同様の撮影が終るやいなや、紀信さんが苦笑しながらおじさんにもの申したのである、
 ──あなたが、ぼくと同じカメラを持って、ぼくと同じ場所に立って、ぼくと同じ時間にシャッターを押したらね、ぼくと同んなじ写真が撮れるんですよ。それって盗作じゃありませんかねえ!
 なるほど、絵画や彫刻と違って写真は機具が撮る。それでは紀信さんの盗作説も尤もだなあ、とぼくには紀信さんの困り顔がとても面白かった。おじさんの方はこれまたまことに嬉しそうに、「わあ、それじゃあ今日から、わたしは篠山紀信だあ!」、と両手を上げて飛び上って見せて、危うく崖から落っこちそうになったものだが。
 けれども帰国後写真を現像し、紀信さんの写真の横におじさんが得意気に自分の撮った写真を並べてみて、驚いた。構図も何も一見同じように見える二人の写真だが、何かが違う。よおく見れば見るほど、全く違う。写真が伝えて来る何ものかが、まるで別の世界を写したように違うのである。
 さすがに次第に顔が青ざめてくるおじさんに向け、紀信さんはゆったりと微笑みを浮かべて、
 ──な、違うだろ、全然!
 うーむ、写真とはこういうものか、とぼくも深く頷いたことでありましたね。

 紀信さんはその頃色いろなカメラを使うことに挑戦していた。およそプロフェッショナルが使わないような小型のものや、当時流行し始めたポラロイドカメラなども使って写真集を編もうとも試みていた。どんな機器を使っても、つまりは「篠山紀信」の写真であり、むしろその機器たちがそれぞれに持つ“時代の空気感”を弄ろうと考えているように思われた。“必要は発明の母”である。一つの機器が生まれるには、そこに人間が持つ、その時代の欲望や願いが反映される。紀信さんの機器への関心は、いわばジャーナリスチックに時代と立ち向かおうという試みでもあっただろう。
 紀信さんはとうとう35ミリのムービーキャメラを手に入れ、「連続写真」を撮るという作業をまで始めた。それでぼくは紀信さんをムービーキャメラマンとして起用し、CMを何本か作ったりもした。映画のキャメラマンとは一味違い、まさしく“連続した瞬時の繋り”がそこにはあった。映像がより生命感を持っていた。生きているのであった。  一本まるまる映画をと願ってもいたが、数ヶ月間も紀信さんを拘束するのは無理なことで、これは果たせなかった。

 紀信さんがリオで撮った写真『オレレ・オララ』を、ぼくは自分で16ミリムービーキャメラで再撮し、映画を作ったことがある。20分ばかりの作品だが、ぼくはとても気に入っている作品だ。
 この厖大な量のフィルムを新宿の大きな日本旅館の畳の部屋一杯に拡げて、ぼくは徹夜で編集を行った。紀信さんはぼくの仕事場には入らず、隣室との境目の襖の陰から半身を覗かせて、きちんと膝を正し、フィルムをワンカットずつ選んでは糊付けし繋いでいくぼくの手許に、じっと瞳を凝らしていた。
 互いに一言も無いまま、食事も摂らず、やがて夜が白む頃、ぼくが「よおし、これで終わり」、と手を置いた。とそこで紀信さんも初めてポンと手を叩き、声を上げたのだ。  ──そうか! 映画の仕事っていつ、どのように終るのかと不思議で仕方なかったんですけど、カントクが「これで終わり」、と口にしたときに終るのかあ! そうか、そうなのか! 分かりましたっ! いやあ、ようやく分かりました!!
 「篠山紀信、三十才。きわめて健康!」。これがその映画のラストである。若若しい紀信さんが、カメラを手にジャンプしている。ぼくが山口百恵主演の映画《ふりむけば愛》を作り、その初日のオールナイト、満席の客の中に紀信さんがいて、上映後ぼくの姿を見付け、「百恵ちゃん、綺麗ねえ!」、と笑って握手した。その頃紀信さんも、山口百恵の美しい写真の数かずを残しておられる。それから時代は大きく流れ、ぼくと紀信さんがあいまみえる日も無くなって行った。
 映画はフィルムで作り、写真はアナログでの機器であった時代の物語である。

 あれから三十年! ぼくは今、生まれて初めてデジタルカメラを手に、日日写真を撮っている。いやいや“写真”とは未だ言えない。ただシャッターを押し続けているだけだ。紀信さんは、今どのようなデジタル機器で写真を撮っているのだろう? デジタル機器になってぼくが一番戸惑っているのは、いわゆる“シャッターチャンス”である。アナログの時代にはここぞとばかりに指でシャッターを押すと、すかさずカシャ! と写真が撮れる。しかし今はその感覚が無い。その代わりに良いクオリティーの映像が手に入る。時代がそれを望むのですと、先日オリンパス社の小川治男さんとお会いしたとき、その疑問をぶつけたらそう応えられた。なるほどなあ! 映画だって今は「連続写真」ではない。するするするするとクオリティーの良い映像がスムーズに流れて行くデジタル時代だ。

 昨年ぼくは二本の映画を作った。《22才の別れ》は現在のデジタル機器で。一方今上映中の《転校生》は全編アナログで。この映画を見た人が異常な程の興奮状態になって何度も繰り返し見て下さっているのは、その今は珍しいアナログ感覚故だろう。主演で新人の蓮佛美沙子の評判が良いのもアナログで表現された演技が新鮮であるからでもあろう。「するするするする」ではなく「カシャカシャカシャカシャ」と演技も映るのである。年配の方にはいつか見た昔の映画の愉しさが。若い人には新鮮な驚きが。全編アナログ仕立ての映画は現在は皆無なので、写真や映画に関心のある人は是非見てみて下さいね。懐かしいだけじゃなく、いわゆる“温故知新”としても。

 さて、紀信さん、今は如何お過ごしですか? 紀信さんにとって、今は写真は如何なる存在なのでしょう? 折あらば、そんな話もしてみたい。ぼくは来年70才。紀信さんももう還暦ですよねえ。あの頃は無かったデジタル機器を手にして、また昔のように一緒に旅が出来れば! いっそ念願だった映画を共に作ってみる! ぼくらの時代はアナログからデジタルへ。それは一体、どういう時代だったのか? あるいは、どういう時代であるべきだったのでしょうかねえ!

一美と一夫の通う善光寺北中学校、改め長野県立長野西高等学校にて。たくさんの生徒さんがエキストラに参加してくれた。

撮影時に松代・山寺常山邸でスタッフ・キャストに豚汁やおむすびをたくさんつくってくれたご婦人の方々と。

今回もたくさんのお料理でもてなしてくださいました。ご馳走様でした!

一夫と一美が入れ替る”さびしらの水場”。この重要なセットは全て地元の建設会社サンビーム長野さんが作って下さった。

真冬、一夫と一美が何度も飛び込んださびしらの水場の前には、色鮮やかな菖蒲の花が。

撮影が終了し、立ち会ってくれた21世紀長野映画の会代表の江守健治君と恭子さんとで、イタリアンを。木下恵介監督の常宿でした。

日が明けて、ホテルから見た長野の街。そして、信州の山並・・・・・・。

江守君が夢見た《転校生》完成祝いでお昼。器からはみ出るほど大きい海老!

ヴェテランドライバー恭子さんの運転で長野を出発。群馬へ向います。

帰りも、やはり霧こんでいた碓氷峠。

群馬に到着。群馬県立女子大学にて講義。今年で3年目。学生だけでなく、地元の方々もたくさんいらっしゃった。

講義に参加していた、高崎映画祭の茂木正男さんとスタッフの皆さん。《転校生》を見て大興奮で駆けつけてくれました!

次の日、日活芸術学院で特別講義。多くの若者と触れ合う貴重な時間。

出口孝臣プロデューサーが来社。実は、《転校生》の小林聡美を僕と引き合わせてくれたのは彼。映画の話に花が咲く。

TBSラジオの伊集院光さんの番組に生出演。25年前、正に15歳だった少年から見た《転校生》の話を聞く。充実した時間でした。

TBSの富原さんと角川映画の三浦君、そして、自宅まで僕を送ってくれる頼もしい運転手さんと一緒に。

尚美学園大学で募集する、”高校生映像フェスティバル”募集のチラシ。プロとも大学生とも、また違った作品が出てくるので、毎回楽しみ。「正直」な映像に期 待。

今日は、教授を勤める尚美学園大学大学院で授業。24年前に上映された僕の《廃市》を皆で見る。このリポートで前期が終了。

コメント (6)

感じる文読み返してみます。
監督と篠山さんに共通するもの。
どんなひとに対しても変わらない空気。
かな。とも思いました。

超アナログ人間です。子供の頃から愛用していた、『OLYMPUS PEN』ハーフサイズで取れるのが不思議で、遠足や移動教室に持って行って、友人を撮ったりしましたが、現像代とプリント代の額に愕然としたものです。

最後のシーンは、戸隠なのですね。あっ 恭子さん髪を切られたのですね。少し雰囲気が変わりました。

本日6回目・・・「異常な程の興奮状態になって何度も繰り返し見て」いる1人(信州も既に2回。笑)。ハマる理由は<アナログ>な空気感の心地よさ?うふ」「うふふ」「うふふふ」。親子の間を表すにはこれだけで十分なのですね。目から鱗。

スクリーンでも印象的だった、道祖神のある「さびしらの水場」。冬の撮影から季節は夏になって初夏の花。今でも立派に存在することに驚きです。職人さんが造った本格的な水まわりの工事だったのですね。

昨日、東京新宿で「夜」の部上映最終回ということで、ロケ地アングル再チェックを兼ねて7回目(苦笑)。今度は新旧同時上映の尾道へ!

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