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2007年08月02日

機械時代の中を、どのように生きようか。

テーマ: かく撮りき

喫茶こもんのママを中心に、皆でパチリ!

照明部で、メイクの千江子さんのご主人和栗ちゃんも合流。芸予諸島の一つ、大三島の海岸にて。

砂浜には小さな花をつけた植物がびっしり。瑞瑞しいグリーンとピンクや黄色の花が、白い砂浜を鮮やかに彩っていた。

大三島ふるさと憩の家。ここは20年ほど前までは現役の小学校だった。廃校後、校舎をそのまま活し民宿として蘇った。コンクリートには無い、深さと温かさのある木造の校舎。

朝礼台もそのまま。

校舎をバックに、皆を…パチリ!

明日の《転校生》新旧ダブル上映会の前祝い。乾杯!!

上映会の当日、ホテルの窓から見た尾道の朝。

 新幹線に乗って弁当を使っていると、検札官がやって来た。少し年配の女性の車掌さんだ。
 ──あら、お食事中ですから、また後で戻って参ります、とにこにこ笑顔で通り過ぎていく。
 良いなあ! と思った。昔はこれが当り前だった。車掌さんは概ね年配の男の人で、その笑顔にはこちらも笑顔で応える。何だか嬉しくて、ああ旅とは良いものだなあと呟いてみたりもする。旅は、人と出会うものであった。
 昨今は世の中も忙しくなって、食事中だろうと歓談中であろうと検札はお構いなし。まあいちいち食べ終わるのを待っていたら仕事にもならぬだろうと諦めてはいるが、使っている弁当を一旦膝に置いて切符を取り出して検札を受けるというのは、なかなか煩雑なことではあります。楽しい会話も途切れて了う。
 だから「また後で戻って参ります」、のにこにこ笑顔は嬉しかった。ぼくは切符を胸のポケットに入れ、直ぐに取り出せるように準備はしていたのだが、ここは車掌さんの好意を素直に受ける。「ご苦労様、窓の外はもう夏ですねえ」、「はい、私も夏が大好きなんです」、などと一言、二言交せられればもっと楽しいね。

 尾道へ向かうので、新幹線を手前の福山駅で降りる。この駅は、実はぼくの自慢である。改札口が現在何処の駅でもそうであるように、いわゆる機械で被われているのではなく、ちゃんと駅員さんがそれぞれの通り口に立って、胸には自身の名を大きく標した名札まで付けて、送り迎えして下さるのである。
「行って来ます」、「行ってらっしゃい」。「お帰りなさい」、「ただいま!」、と名札の名を呼んで、これだけでうんと幸福な気分にもなりますよね。
 ぼくはともかく、あの機械仕掛けの中は通らないように努めております。あれを通ると自分までが無感動な機械人間になりそうで怖いからです。だからどこの駅でも一番端の、駅員さんの立っている所を通ります。
「お早うございます」、「行ってらっしゃい」、と笑顔で声を掛け合って切符にパチンと検印を押して貰うのです。年配の駅員さんだと、これでうまく旅立てます。ところがよく若い駅員さんからは、「あちらの機械を通して下さい」、と無愛想に切符を突っ返されることもありますよ。まあ、あちらも忙しい。ぼくのような人間と言葉を交わすのも面倒だ。機械は便利で速いのだからあっちを通りなさい。それが現代人というものでしょう!
 ところがその機械が年中故障するから、結局は各通路口に駅員さんが困った顔して立っている。なるほど「現代」だなあ、とこちらも苦笑せざるを得ないってことになりますな。機械を通さないと降りる時も、どんなに離れて遠くても、駅員さんの居るゲートを通らねばなりません。その不便を心配して機械を薦めようとされる若い駅員さんもいらっしゃる。「大丈夫ですよ。ぼくは必ず人の居る所を通りますから。いまもあなたと話せて良かった、ありがとう」、「はい、お気を付けて。ありがとうございます」、と互いににこにこ。これがやっぱり嬉しいなあ!
 でもね、確かに世の中、こんな余裕は無くなりました。映画もそうですねえ。映画とは穏やかで楽しい、人と人との会話があるものだった。例えば和田誠さんのご本などに、映画の中の名言を集めたものがある。それは殆ど会話の中の言葉です。映画の記憶は「言葉」の記憶だった。だから映画は楽しく、心が癒されもし、生きる勇気さえ貰えた。人間の温もりがありましたものね。ところがどうだろう? いまの映画の記憶は「映像」ですよね。アクションであって言葉じゃない。だからジェットコースターに乗っているようにスピード感やスリルは味わえるが、ゆっくり会話する楽しさが失われていく。これって、やっぱり真剣に考えてみなきゃならない事の一つじゃないのかなあ。で、ぼくもこんなことを書いてみるのです。

 尾道では25年前に尾道で作った《転校生》と、いま封切り公開中の、新しい信州・長野で撮影した《転校生ーさよならあなた》を二本立てで上映。この25年間の地方の小さな町の変化を見つめ、新しい時代を生きる子どもたちの未来に、どういう町を残し、伝えられるかというトークショウ。ぼくが卒業した尾道の小学校にいま通う小学生までが参加してくれましてね。
 五百席のホールに一日二回で千人。大盛況でした。「今生の思い出に、これが最後の《転校生》見物!」と頬笑んでくださった老婦人。その手に引かれた小さな男の子。さあ、君たちの時代が始まるぞ。そうそう、長野の娘さんまでが、尾道を訪ねて下さっていたりもした。
 しかし、この二本立ては、やっぱり「25年」の時の蓄積を受けて、本当に凄かった。一つ驚いたのは、25年昔の《転校生》は、若い俳優たちの言葉が実に美しい。きちっと相手に向って語り、応え、つまりはよく聞き取れるのです。現代はやっぱり「独り言」風のニュアンスが、発声法に沁みついていますね。これは演出家として、深く考えねばならない事です。
 東京へ帰るとそのまま《22才の別れ》の試写会会場へ。いよいよ大分ロードに続いて、8月18日から全国公開が始まります。これも伊勢正三さんの同名の歌から発想した映画。歌が生まれてから30年の日本の時の流れの中の恋物語。歌も、この時代の歌は「言葉」が美しかったです。歌の中にも人間の「会話」がありましたね。ですからゆったりした美しい物語の映画を作ることが出来た、と改めて幸福に思いました。あなたの誕生日に22本のローソクに火を点して、「17本目からは一緒に火を点けた。昨日のことのように、……」。お客様もみなさん、それぞれの心の思い出に小さな火を点し、幸福そうな笑顔でお帰りになりました。

 そのまた翌日は、空路松山へ。伊予銀行さんでの講演。空港へ着くやいなや、ファンの人たちに囲まれた。松山では《転校生ーさよならあなた》が8月4日から公開だとのこと! どこへ赴いても、映画、映画の日日です。映画でモノを考える。映画でコトを行なう。昔の映画から、学ばねばならぬのは、美しい人間の姿なんでしょうね。難しいけど大切なこと。一所懸命、ぼくもやります。
 今日は府中で教育関係の人たちのお集りで話させて戴く。夜はNHKの『クローズアップ現代』で「80歳の日本一周ーある老人の残したメッセージー」に出演。先輩の生き方から美しさを学ばせて戴こう。
 明日からは滋賀の『成安造形大学』で授業。若い人たちからも明日のことが学べるから嬉しい。一日一日、ぼくも大事に生きよう。

 あっ、福山駅もとうとう改札口は全部機械になってました。年配の駅員さんと一寸立ち話。「まあ、この時代ですからねえ」。駅員さんは敢えて無感動に語られたが、ぼくらはここから、ぼくらの明日をどう始めなければならないのだろう。ぼくらの「続き」を生きていく若い人のためにも。「余計なことだ」、とも言われそうだが、ぼくらはだからこそせっせと「会話」を続けなきゃならないんだろうなあ、と思うのです。
 機械は話してくれないもんなあ、人間に会いたいなあ、──とは今日のぼくの、細やかな「夢物語」でありました。

会場では新旧のパネル写真展もやっていました。

当時のスナップ写真も。短パンを履いて…僕も若いなあ!

関連書籍とDVDの販売コーナー。地元の本屋さんが販売に来てくれた。

午前の上映会には、親子で来てくださった方方がたくさんありました。

我が母校、土堂小学校の頼もしい後輩達も。

後輩達をパチリ。25年前と、現在の尾道をスクリーンで見て、どう思ってくれたかな。

午後の上映、会場内の様子。ほぼ満席!

尾道の方方がこんなにたくさん集まって下さった。本当に嬉しいなあ。

彫刻家の高橋秀幸さんと対談。街の姿や文化、人。25年という時の流れを映画で感じる。

今回いろいろとがんばってくれた『転校生』尾道上映実行委員会のスタッフの皆さん。どうもありがとう!

《転校生》が初めて公にプロデュース作品だった恭子さん。あれからもう25年、僕の作品をずっと手がけてくれている。

上映会にはなんと長野から来てくださった方が。25年の間に《転校生》は土地と土地、人と人とを繋ぐ作品となってくれました。

上映会は大盛況の内に幕を降ろすことができました。スタッフ皆に感謝!こもんでお疲れ会の様子。

帰京の日。夏の日差し。福山城をバックにタミちゃん、恭子さん、はずき嬢、幾ちゃん、横ちゃん。

東京駅からFMホールに直行。《22才の別れ》上映会の控室で、ダイアックスの鈴木さんと頼住さん。

今年ツアーで随分忙しい正やんと知ちゃん。

聖奈と美玲の久々の顔。女性らしくなりましたねえ。

角川・井上社長と筧君、美砂さん、寺尾君も集まり、試写会前にパチリ。

舞台挨拶の打ち合わせの様子。二人とも真剣な眼差しをこっそりパチリ。

いざ舞台挨拶へ。会場にはたくさんのお客様。女性が圧倒的に多かった。

マスコミ用写真撮影の為に中央に集まって。若者は皆緊張の面持ち。

松山へ向う飛行機内から上空をパチリ。雲の草原が広がる。空の青さが引立った。

伊予銀行の特別講演会へ。

伊予銀行の方方と時事通信の方とで最後にパチリ。

新居浜から松山に向う車中から。眩しい夕日と、山山の濃淡が美しい。

東京都市教育長会の講演。

NHKの生放送、スタジオにて。国谷キャスターとスタッフの皆さん、恭子さんと。80歳の原野さんから勇気と元気を戴きました。

コメント (17)

映画のエンドロールで『岡野』さんのお名前が『和栗』千江子さんになっていたので、「あれ?」と思っていたのですが、ご主人のお名前を名乗るようになったのですね&#9825;

「クローズアップ現代」見ましたよ。
目的を持って生きることは素晴らしいことですね。

最近は専ら駅員さんの居る改札口を利用しています。ベビーカーが自動改札では通れない理由からですが…。嫌な顔をされる事も有り、寂しくなる事も有ります。学生時代定期券を忘れても「いいよ。明日見せてくれれば」と言われた事も有り、懐かしく思います。

上映会で尾道への日。駆け込んだ新幹線、ふぅ。ん?切符は?東京から片道分でも買い直すと大出費!ダメ元で車掌氏に泣きつくと駅への遺失物確認&乗換駅での無票証明など連携して親身な対応に感謝!機械には真似できぬ人の温かみを感じた旅でした。

「転校生さよならあなた」東京新宿最終上映最終回に行きました。8回目。本当によかったな。上映終了後、前の席の方から拍手が起きて私も拍手しました。久しぶりに映画館で拍手を聞いて感動しました。もう1回見るために長野行きを計画中です。

「転校生」9回、ながのまで暫しのオアヅケ。ここまでの熱中は「時をかける少女」(11回)以来。やはりアナログ的なものの魅力かしら。(手焼きBBやスチールコマ送り印象的でした)さあ、デジタルな「22才の別れ」どう感じるか比べてみませう。

あと11日で『22才の別れ』が『テアトル新宿』で公開されますね。あの階段を降りるのが、少し怖い劇場ですが、『風の音が聴きたい』の初日に座布団を渡された事、よく覚えています。楽しみです。

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広島へ単身赴任中です。早速、尾道、竹原へ行って来ました。
多くのお寺、格子戸、路地と瀬戸内の町を十分堪能しました。
ラーメンもおいしい!!瀬戸内良いとこ、一度はおいで。

大林宣彦先生の人柄がよく分かり、親しみを覚えました。これからも素晴らしい作品待っています!

40年以上も前都電で通っていたあの頃を思い出します、今の時代は人情が消えてしまいました、電車の中で乳房を惜しげもなく子供に与えていたお母さん、当たり前の光景でした、精神的に豊かな時代でした、今は昔でしょうか。

二十五年前の「転校生」のほうが言葉が美しいと驚く監督さんに感銘しました。古い映画で父と子が座敷で対話中に、父が息子に「膝をくずしなさい」許す場面があったのを思い出しました。私たちは美しいものを失いましたね。

映画の記憶は「言葉」の記憶だった。この言葉心に沁みました。
心に残る映画は映像じゃなくて、言葉だったんですね。「尾道三部作」で感じた、胸がきゅんとなるセツナイ感触。久しぶりに思い出した気がします。

25年前夏、今はなき「あさかぜ」で広島に赴任しました。朝日を浴びた尾道を通過する時、「これがあの階段か」「あれが例の陸橋か」などと窓に顔を貼り付けていました。
映画はリメイクができ、大志を抱いた青年は単なるオジサンになりました。

改札の記事を読んで思い出しました。カナダだったかと思いますが、入り口にも出口にも改札がありません。人を信頼するかのようにありません。これも人と人との見えないコミュニケーションでしょうか。でも、抜き打ちで検札はあるそうです。

映画の記憶は「言葉」の記憶だった。名作に金言ありですね(*^_^*)。
でも、無声映画が証明していたように映像が命だと思います。そこには決して届かない、触れられない風景・事象・感動を与えてくれるからです。

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決して機械に置き換えられないもの、それは人の情です。これからも情と美を刻んだ映画を撮り続けて下さい。
PS.私の住む姫路を舞台にした映画は如何でしょう。お菊さん、喧嘩祭など舞台は揃っています(*^_^*)

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戦中、戦後を通じて瀬戸内の島を転々と転向しました。このお話は、懐かしさいっぱいで、子供の頃にかえります。この写真も大三島です。

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