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農業1年生 涼子のドタバタ日記

 

いろんな話

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これからも農業1年生!!

2007年09月14日 11:00

はじまりがあればおわりがやってくる。涼子のドタバタ日記を書き始めて、あっという間に3ヶ月が経ち、今日で最終回を迎えようとしています。

3ヶ月前、私は“農業をしているただの労働者”でした。日々の仕事に追われ、疲れに理由をつけて睡魔に負ける日々。大学を卒業した私が帰ってきたことで家の仕事にプラスになるような何か新しい風を送り込みたいと内心では思っていたのに。甘えてしまっていました。そんな時、このブログのお話がきて「チャンスだ!」と、すぐに挑戦を決めました。
写真はド素人ですが、オリンパスのブログ担当の方からの度重なるアドバイスや、賢いμのサポートのおかげ、そしてユーザーさんからの暖かいコメントに励まされながら何とか今日まで更新することができました。

この3ヶ月間、携帯や財布は忘れても、μだけは片時も離すことなくいつも一緒でした。ブログの文章を書くこともそうですが、写真を撮りながら「ユーザーさんは農業のどんなところに興味を感じるんだろう」と、考えながら仕事をすることは面白く、また、とても勉強になりました。写真を撮る楽しさを覚えた今では私もすっかりオリンパスのファンの1人です。

ブログで頭がいっぱいだった毎日は今までにないくらい濃厚で刺激的な生活で、疲れて眠くなっても顔を引っぱたきながらパソコンに向かっていた自分は一生懸命に生きていました。
いまの私は“イキイキと農業をしているお姉ちゃん”にランクアップした気がします。目指す目標はまだまだ遙か彼方ですが、焦らず一歩一歩“農”と向き合い、私らしい農業ライフを見つけていきたいです。
私のブログを読み、応援して下さったユーザーのみなさん、本当にありがとうございました。今後、我が家のHPで「続・農業1年生」ブログを公開予定ですので、その後の私をこれからも見守って下さい。

最後に、これまで紹介してきたように私の住む新潟は四季(色)彩豊かな所です。みなさん是非ミューを持って新潟に遊びに来て下さい。そして坂井ファームにも顔を出して下さいね!
待ってまーす!!

最終回は家族でパチリ。
農業は家族の持つ力(協力・絆・信頼)が一番大事!!




お大根クラブ

2007年09月10日 11:00

以前、一般の方に畑を貸すポテトクラブを紹介しましたが、今回はその裏作で“お大根クラブ”を開催しました。このお大根クラブもポテトクラブ同様、3年前からのおなじみイベントなんですよ。

お大根クラブ


24件の家族が日曜日の青空の下、大根やホーレン草の種まきや、キャベツ・白菜の定植等、さわやかな汗を流しました。
「クワの使い方教えて下さい」「種を蒔く間隔を教えて」「農薬はどうやって撒けばいいの?」・・・みなさん、私が何でも知っているかのように質問してくださいます。とっても嬉しい事なのですが、普段ほぼ小松菜しかさわっていない私は大根の種のまき方を知りません。「えーと、こうですよ」と、とりあえず感で教えた後、さりげなく、かつ、急ぎ足で父に掛けより「どうやるの??」と正解を聞き、慌ててお客さんのもとに訂正しに走るのでした。
全く、私の見栄っ張りさには自分でも呆れます。
子供に負けないくらい親が夢中になって作業している姿をみると、何だか嬉しくなります。土を触ると童心に戻るのでしょうか。

お父さんも子供達も一生懸命でした。


作物は正直です。夢中になった分、手をかけてあげた分、生長に表れてきます。
収穫は11月頃ですので、このブログでは残念ながら紹介出来ませんが、今からどんな大根が出来るのか楽しみです!!どうせなら、スーパーでは見たことないくらい大きくてブサイクな大根が出来るといいなー☆

おおきく育つと良いね☆




秋祭りー青年部篇ー

2007年09月05日 11:00

前回に引き続き・・・
同じ宵宮の日、若手達はお宮の縁の下にもぐり一年振り、ほこりだらけの旗竿を引っ張り出す。長さ9m弱。身長に合わせて4ー5人で肩に担いで旗立て場に運び急ぐ。普段は道路だが、コンクリート製の蓋を取り出すと年に一回の神社参道に変身する旗立て場。旗竿櫓を立て杉の丸太の旗竿の頭に竹葉を差し込み、宮司さんの書による祭り旗を柱に取り付け一気に立ち上げる。

旗竿立て


4方向に張った八方(はっぽう)というロープで固定し、張り具合を見て終了。大変そうに見えますが結構簡単に立ち上がるのですよ。

普段はただの道路だが祭りの日には神社参道に変身する。


青年部の活躍はこれから。青年部とは、10代後半から30代くらいまでの集落の中の若手男子の組合の事で今年は15名ほど在籍しています。内、専業農家は4人しかいません。ですから休みを取っての参加なのですが、小さい頃からそれぞれ交流があるのでチームワークは抜群です!
午後からは、生ビールや金魚すくいなどの模擬店準備に大忙しで、境内のステージ作り(カラオケ大会用)楽しそうに動いています。露天商などは来ない小さい集落ですから、みんな顔の分かるお兄さん達のお店。子供達やお客さんとワイワイ掛け合いをしながら、ソーセージを焼いたり、花火を売ったり、かき氷はなんとシロップかけ放題。子供達は面白がって色んな味をミックス、絶対に美味しくないだろうと思う色に変身したかき氷を美味しそうに食べていました。

くじ引き店に群がる子供達



ウルトラマンポーズでキメてくれたゆうだい君☆


今年からの就農者、涼子もジュース売り子になっていましたよ。
“青年じゃないのに”とブツブツ言いながらも楽しそうにしていました。
ゲームや食べ物、一律100円の商品に、一杯200円の生ビールと(もっとも樽の半分は青年部が飲む)赤字確実のお店出しでした。
でも夏の終わり、秋祭りの宵宮のカーキ色の賑わいを誰のためでもない、自分たちと、瞳輝かせる子供達のためにやるのかなー。  
少し肩を落として祭りのあとの寂しさを感じる、父・孝一のブログでした。終わり。

賑わう祭・カーキ色の世界。恒例のビンゴ大会にみんな真剣!




秋祭りーしめ縄篇ー

2007年09月03日 11:00

新米コシヒカリ収穫前に行われる地域集落の秋祭りについて、娘の涼子に村の伝統はまだまだ語れないようなので、今回も父・孝一の代理ブログです。


夏もそろそろ終わろうとする頃、農集落60数戸の村に秋祭りの宵宮(よいみや)の日がやってきた。遙か昔から米の豊作を祈願して行われる村祭り、辛い農作業もこの日を楽しみにして頑張ってやってこれた!村にとって、とてもとても大切なハレの日なのです。
朝8時、男衆がワラを片手に村の鎮守宮へ集まりだした。毎年この日に鳥居に架かる“しめ縄”を張り替えるのだ。農業をしていない家からもこの日に合わせて休みを取るのか、平日なのに若手が多い。
お宮の拝殿への“細しめ縄”張り、鳥居の“大しめ縄”の掛け替えは長老古参の仕事だ。若手は参道の祭りの登り旗上げ、そして昼から青年部(若手の組合)は子供達のために祭店(金魚すくいや、かき氷等の屋台)の準備に取りかかる。
私たちの集落には失われてしまった昔ながらの祭りと、若手が中心になっての新しい祭りとが同居しています。

今日は、昔ながらのお宮での“しめ縄”作りを紹介します。
八百万(やおよろず)の神々への豊作祈願のために1年に1度“しめ縄”を新しくします。“細しめ縄”に、幣束(へいそく)を挟めて、神殿や、旗竿下の灯籠、供物に張り巡らせます。左縫いの“細しめ縄”を縫うのは少し技術と経験がいり大変です。撚(よ)りをかけながら縫うのですがすぐに手の平がすり減って痛くなるのです。昔の人は一日中縫っていたのに情けないね。この作業は私と宮係の人の担当でした。
あとの人間は“大しめ縄”作り。持ち寄ったワラをすぐりあげ、まずは3本の芯を作る。

”わらすぐり”とは、良いワラとくずワラを選別し、良いワラだけを使います。


真ん中を太めに作り、端に向かって細く作っていくのだが、こんなに巨大サイズの規格はなく、みんな昔からの感だけでワラで束ねていきます。その18尺以上の芯を一緒に回しながら細縄を隙間無くねじり上げていく。隙間があるとワラがはみ出したり、崩れたりするからしっかり時間をかけて仕上げていくのです。

大しめ縄を作るための3本の芯作り


あとは3本をねじり込んでいくだけ。組み上げると5m弱の“大しめ縄”はまるで大蛇のよう。田の守り神そのものですね。

3本を合わせ結っていく。


ようやく鳥居に掲げると、直来(なおらい)神社に上がって御神酒を茶碗でいただきます。つまみは供物になる前のするめ。今年の米の出来不出来等の話で盛り上がり、自宅での秋祭りの準備に帰っていきます。

鳥居に取り付け中


まるで八代亜紀の歌の世界のようですが、旗竿立て仕事の話は少し違います。
その話は次回のブログで・・・。

おまけ。
今回写真を撮っていて初めて気づいたのですが、鳥居の前に鎮座している狛犬の側面に「施主 坂井 明治三四年十一月」と彫ってありました。自分の推定では我が家の四代前の当主でしょう。

この狛犬の土台に4代目坂井の名が!




テレビ出演!!

2007年08月31日 11:00

先日、新潟のテレビ局から“芸能界から転身、農業の世界へ”というテーマで取材の依頼を受けました。
このブログを始めた頃にも書きましたが、私は以前、芸能界で仕事をしていました。慣れない一人暮らしや、受けては片っ端から落ちていくオーディションの日々、辛いダイエット生活など、今となってはとても貴重な人生経験だったと思えますが、当時の私には目の前が真っ暗な地獄の毎日でした。

芸能界で絶対売れるんだ!という強い意志をもっている人たちは、きっと、そんなこと当たり前にしているでしょう。私の気持ちが弱すぎて、当たり前の事も必要以上に辛く感じていたのだと思います。
私が挫折した原因は、目標や、強い意志をもてなかった当然の結果だったと自覚しています。
皮肉な事に、農業をしている女の子が珍しいというだけでマスコミは注目してくれるんですよね。東京でテレビに出るためにあれだけ躍起になっていたのに・・・。オーディションでCM1本取ったところで30秒がいいとろです。今回のテレビ放送は夕方の県内ニュース内で10分間の特集放送でした。

打ち合わせ中


芸能界時代の映像から始まり、普段の仕事風景、父ちゃんのインタビューもあり、普段あまり聞くことのない私へのコメントも見ることができて、思わず顔がニヤニヤしました。

トラクター耕運を撮影中!


芸能界で努力しても努力した分だけ確実に売れるという保証はありません。しかし、農業の世界で、おいしいお米やおいしい小松菜を作り続けていれば、自信や評価は自然とついてくると思います。私は今、確実に自分の足で1歩1歩前に進んでいるという実感があります。
芸能界ほど華やかな世界じゃないけれど、いろんな意味で喜びや幸福感を感じさせてくれる農業が私は大好きです。

これからインタビュー!ドキドキ・・・




上越・農場視察会

2007年08月27日 11:00

週末、新潟県農業法人協会主催の農場視察会で上越に行ってきました。
実はこの視察会、1ヶ月前に行われるはずだったのですが、視察前日に新潟中越沖地震が起こり延期になっていたのでした。
被害に遭われた方や、延期になったことで仕事の都合がつかなくなった方、当初の参加者の1/2の人数での視察会となりました。
上越では直売所見学や、経営についてのディスカッション、無農薬大葉農場見学等があり、私は特に無農薬大葉農場見学をとても楽しみにしていました。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、大葉という農産物は何度も何度も農薬をかけます。農薬をかけないと虫に食われて穴だらけになってしまうので商品として成り立たなくなるのです。
つい先日、近所のおばあちゃんの畑の手伝いにいった時の事、あまりにも大葉が見事に出来ているのをみて感動していると、「うちの父ちゃんが薬(殺虫剤などの農薬)かけてくれているからねーうまくできたんだよ。涼子ちゃん、好きなだけ持って帰っていいよ」とおばあちゃん。まるで何でもないような感じでサラッと言っていました。大葉に伸ばしかけていた私の手が止まり「浴びるように農薬がかかっているんだ」と、おばあちゃんには悪いけどどうしても持って帰る気になれませんでした。
頻繁に農薬をかける野菜ワースト3に大葉が入っています。(ちなみに他はセロリとパセリです)けど、農薬をかけたくてかけている訳ではありません。必要だからかけているのです。
それをしないでどうやって無農薬に栽培するのか、とっても興味がありました。しかし残念ながら、施設内は撮影禁止で、栽培方法は口外禁止なので、詳しくお話できませんが、特別、無菌室にしているわけでもなく、大葉にとって一番良い環境をつくってあげていたとだけ言わせてもらいます。

直売所見学



無農薬!?大葉農家見学


この視察会では普段の農業の仕事とは少し違う「作る」ではなく「売る」という経営に関する話も盛りだくさんで、経営者ディスカッションでは大勢の社長の中に新入社員(私)が紛れ込んだような感覚で終始緊張しっぱなしでした。私だけ地に足がついていないような発言をしたりと、とても恥ずかしく、また、悔しい思いもしました。
自分の無力さ、無知さを改めて実感し、明日からまた課題が増えたなと内なる炎がメラメラと燃えています。

経営者ディスカッション


その夜、おやすみ3秒だったこと(ぐっすり眠れたということ)は言うまでもありません。



ラジコンフェリコプター

2007年08月24日 11:00

ある日、田んぼの見回りをしていると、何やら飛行機らしき爆音が近くで聞こえてきました。探すまでもなくすぐ後ろに小型飛行機が田んぼの真上を飛んでいるではありませんか!

ラジコンフェリコプター


驚きながらも“これがウワサのラジコンヘリコプターか!!”と感動し、近くにいた関係者らしきおじさんに「嘉木の坂井ですけど、写真を撮らせてもらってもいいですか??」とすぐに交渉しました。ここでポイントなのが“嘉木の坂井”と名乗ること。知らない人が勝手に写真を撮っていたら気分が悪いですよね。そして、新米農業者の私は知らない方がたくさんいるけれど、農業している方だったら地名と名前を言えばだいたい誰だか分かってくれます。「あぁー坂井さんとこの一人娘ねー。俺、あんたの家の遠い親戚だよ。撮ってもいいけどフェリから15m離れてね。」
・・・思いがけず、親戚にも出会ってしまいましたが(笑)快く了解してくれました。

ラジコンヘリコプター(以下・ヘリ)について色々教えてもらいました。
稲に害を及ぼす虫(主にカメムシ)を予防するための殺虫剤を撒いたり、病気を予防する殺菌剤を撒いたりする時にヘリが活躍するそうです。「カメムシは中国から上昇気流に乗って40分もあれば日本に着いてしまうんだよ」と、おじさん。
以前は人間が何日もかけて長いホースを引っ張りながら散布していたらしいのですが、ヘリが導入されてからは、短時間で広範囲に薬を撒くことができ、また、離れたところでラジコン操作をするため、人間が農薬を吸わずに済むことから健康被害も軽減されたようです。もちろん、講習を受け、試験に受かった人しか操縦はできません。

噴射口


依頼を受けた地域を一斉に撒くそうですが、“白い旗”が立っている田んぼは生産者の意向で撒かない目印になっているのだとか。
そういえば、田んぼのあちらこちらで白い旗が立っているのを目にしていましたが、そういう田んぼはだいたい隣が畑の場合が多かったような気がします。
畑にまで薬がかかるのを避ける為ですね。

白い旗がたっている田んぼは避けます。隣の畑にまで農薬がかかってしまうおそれがあるからですね。


そして気づきましたか?タイトルに「ラジコンフェリコプター」と付けたのは、このおじさんが「ヘリコプター」と言えず「フェリコプター」とずっと言っていたからです。可愛すぎます。とても熱心に説明しているその姿にどうしてもつっこむ事が出来ませんでした。

薬をつぎ足す(遠い親戚の)おじさん




普通の女の子に戻る時間

2007年08月22日 11:00

近頃の農繁期、そして採彩の稼ぎ時という事もあり、お盆休みもなければ週末もしばらく休みが無かった私。“あまい!”と、みなさんに怒られそうですが、仕事と休息のバランスをうまく取ることが出来ず少し気持ちが滅入っていました。
そんな時、高校時代所属していたダンス部の同期会が行われるという知らせが届きました。
実に7年振りの再会、気分転換にもってこいだ!と、出席することにしました。
久しぶりの顔ぶれは少女から大人の顔に変わっていて、私もそんな風に見られているのかと思うと少し恥ずかしく感じました。結婚した子や、すでにママになっていた子もいて少々焦りましたが(笑)昔話に花が咲き、みんなまるで昔に戻ったようなはしゃぎ様。私ってこんなに女の子っぽかったっけ??と、自分で自分にビックリする程でした。

左の友達は1児のママ!焦っちゃうわ!!


未だ男性社会と言っていい農業の世界で働いていると、舐められたくない!という気持ちから気を張って仕事をしている自分に気づきます。涼子ちゃんて男っぽいよね。と、同世代の農業青年にも言われたこともあります。まだまだ技術や経験が伴っていない私は、焦りからどうにか気持ちでカバーしようと知らず知らず無理をしていたのでしょうか。
卒業後のそれぞれの仕事やプライベートでの苦労話を聞くと、みんな同じようにもがき、苦しんでいる現実を知りました。私の悩みなんて大した事ないじゃん!と、自分や仕事や生活について冷静に客観視することも出来ました。
気を張らずにマイペースで仕事ができたらどんなに楽かと思います。けど、これは私の性分なのでそれはそれで良しとして、たまに普通の女の子に戻る時間を作ってバランスをうまくとっていきたいなと思いました。

ダンス部の同期会。写真と言えば「ピース☆」




夏の名脇役!!

2007年08月10日 11:00


雑草かと思いきや・・・土中には!?


この雑草っぽい写真、・・・私は雑草だと信じて疑わなかったのですが、実は食べ物が植わっているらしいんです。みなさん何だか分りますか?
ヒント1:夏のそうめんに必需品。
ヒント2:夏のみそ汁の具に必需品。
ヒント3:夏の冷や奴に必需品。

そう!夏の名脇役「ミョウガ君」です!!

ミョウガ君、こんな育ち方してたのね〜!!


このミョウガ君たちは家のすぐ裏で勝手に育っていたんですけど、ずっと雑草だと思いこんでいました。我が家のラン(犬)の散歩中、鼻をクンクンさせてこの場から動こうとしないので調べてみたら見つけてしまったという訳です。
私、ミョウガって大好きなんです!
けど、ミョウガがどうやって栽培されているのか今まで知らなかったので、実際にその姿を見たらアンビリーバボー!!でした。
みなさんご存じでしたか?ミョウガって土の中からニョキっと生えてくるんですよ!

ミョウガ君こんにちは。


私の想像ではオクラみたいに育つのかと・・・。

ちなみにオクラはこのように育ちます。


まさかタケノコみたいに生えてくるとは・・・少し嫌いになりました。
ハハッ。冗談です。ミョウガ農家さんごめんなさい。
今日のお昼ごはんはミョウガたっぷりそうめんに決まり♪



ラジオ番組出演!!

2007年08月08日 11:00

昨日、新潟県では老舗のラジオ局でトーク出演してきましたぁ!
なぜ出演することになったのかというと・・・7年前、当時私がまだ高校生で、歌ったり踊ったりしていた(ミュージカルをしていた)頃に知り合った、“新潟お笑い集団NAMARA”の代表・江口歩さんと先日ブログネタの為に行った佐賀からの帰りの飛行機内で偶然にも再会したのがきっかけでした。
江口さんはラジオのパーソナリティーもしているので「久しぶりだね、ラジオ出る?」と聞かれ、「出ます!」と、私の即答により出演が決まったのでした。
「石塚かおりの午後の楽園」という番組で、江口さんは毎週火曜日のレギュラーパーソナリティーです。
久しぶりの表舞台、しかも生放送だということもあって緊張する私。
ラジオ局に向かう道中、信号機が全部青に見えてブレーキを踏んだ記憶がありません。
しかし本番が始まってしまえばドキドキも薄れ、メインパーソナリティーの石塚かおりさんと3人で午後のひとときに花を咲かせました。

「石塚かおりの午後の楽園」出演しました。
右から、江口さん・私・石塚かおりさん


話した内容はもちろん“農業”のことですよ!
なぜ農業に転身したの?から話が始まって、小松菜の話、パッケージが新しくなった話や、もちろんオリンパスのブログ&ミュー(カメラμ770SW)の話もしてきました☆



今も続く地域特有の後継者育成術

2007年08月01日 11:00

8月に入りました!日差しの強さが夏本番という感じですが、みなさんはすでに“夏ばて”なんて事にはなっていませんか?!

今日は、昔から受け継がれているこの地域ならではの「結い」という後継者育成術について書きたいと思います。
私が住んでいる“曽野木”という地域は、キュウリやトマト等の施設野菜が盛んです。
「施設」とはビニールハウスの事で、このビニール、5年位で弱ってしまうので5年に1回のペースで新しいものと張り替えが必要です。その作業を私の地域では共同して作業をする習慣があります。10ー15名ずつのグループを組んでビニールの張り替えをお互いに助けたり、助けられたりするもので、その作業を通して、地域の先輩から教えを受けること。それが「結い」なのです。

ハウスのてっぺんを普通に歩く超人たち!!


普通、子供は父親から農業(家の仕事)を学んでいくのが一般的だと思いますが、私たちの地域では自分の子供には何も指導せず、地域の先輩から勉強、激励、お酒の飲み方、しつけを繰り返し教え込まれます。
私もそうでしたが、学校を卒業してすぐに就農する人はなかなかいません。他産業に就職した子供に「親父も弱ってきたからそろそろ帰ってきたらどうだ」と地域の先輩や友人が誘い、まずは共同作業からさせる。
今日の写真のビニール張りで言うと、足が震えてハウスに登れない者を、なだめたり、褒めたりしながら体験させ、夜はお酒を飲ませながら「おまえはこの家や地域に必要なんだから戻ってこい」といった話を延々とし、本人をその気にさせるという、この地域独特の後継者育成術です。
おかげで、我が曽野木地区の若手農業者は多く、担い手不足問題とは全く無縁なんですよ。

今回、私はすでに就農してからでしたが、ビニール張り初体験でした。
男の人の中に女1人混ざって、活躍はできなくても、何とか邪魔にならないように、サポートできたら!という気持ちで臨みました。

全体図はこんな感じです♪ハウスに登ってる人間、見えますか!?


結局私はハウスの上には登らずに下でチョロチョロ動いていましたが、その評価が気になり、夜の飲み会の席で先輩に思い切って聞いてみました。すると、
「いいか涼子、上に登っている人間は大した仕事をしてるように見えるけど、実は下で動いてる人間の方が仕事的にはハードなんだぞ。だから心配しなくて大丈夫。来週、うちでも(ビニール)張り替えがあるけど来てくれるか?」という嬉しい答えでした。
よーしっ、8月の暑さに負けず頑張るぞー!!

丸1日かけて4棟のハウスを張り替えました。達成感に浸る私。夕日に乾杯。




市場での出来事

2007年07月30日 11:00

今日は久しぶりに市場に行ってきました。
市場へは小松菜を出荷していないので普段あまり行く機会がないけど、たまにホウレン草を作った時なんかにはお世話になっています。
いつもは父と一緒に行くのですが、今日は一人で行ってみる事にしました。

今が旬!濃厚トマト☆


そして、ドタバタ日記らしい!こんな事がありました。
青果のセリの様子を写真におさめたくパシャパシャ撮っていると、「一般の方は出てって下さい」と、市場の人間に突然注意を受けました。周りは作業着のおじさんばかり、若い女の子がまさか生産者だとは思われないですよね。「いや、一般じゃなくて、生産者なんです。」と、言い返しました。しかし、今日は何も出荷していなかったのであまり強気になれない私。「生産者には、“入場証”を渡してあります。それが無いと入れないよ」と、相手はどうしても私を追い出したいご様子。
“入場証”なんて聞いたことないし、父と一緒の時はそんな事言われた事無かったのに・・・。
腑に落ちない気持ちのまま、この場はとりあえず外に出る事にしました。

セリ真っ最中。このすぐ後に注意を受ける私(涙)


しかし、ここで素直に引き下がる私じゃないのです!!
だって、何度考えてみても私は悪くない!生産者がセリを見に来ただけ。なにが悪い?逆に、“入場証”を全ての生産者に渡していない市場が悪い!と、勝手に自己解決し、市場に逆戻りしました。センターで荷受管理をしているおばさん達に事情を話し、入場証を貸してくれないかと頼んだところ、側で話を聞いていた知らないおじさんが「俺の(入場証)使いな。」と、話しかけてきました。「あんた、孝一(私の父)の娘だろ?いつも孝一には世話になってるんさー。昨日だってコーヒーおごってもらったんてー。」と快く貸してくれました。そのおじさんのおかげで私は堂々とセリを見ることができたのですが、セリを見ながら、さっきまでの出来事を思い返していました。
父と一緒に市場に来た時、入場証無しでも追い出されなかったのは、父の顔が入場証代わりだったということ。農業はいってみれば自営業だけど、いくら市場出荷していなくても、家にこもって仕事ばかりするんじゃなくて他の農家さんと交流するのも大事だな。なんて考えていました。

この格好じゃ一般客と間違われて当然ですね。


これからはできるだけ毎日足を運ぶようにしよう。
作物を育てるプロがいっぱい集まる市場でたくさん勉強させてもらおう。
そして、入場証が無くても追い出されないくらい顔を売ろう(笑)と思った、今日のドタバタ日記でした。

4時44分。市場から見る日の出




中年探検隊!with愚犬ラン

2007年07月23日 11:00

娘が出張に行った為、今日は父・孝一が代打に入ります。ご容赦あれ。

先日、坂井ファーム御用達の堆肥場の工場長から県境山中のアメジストを取りに行きませんか?との誘いがあり、堆肥の積み込みと兼ねて中年探検隊を組織して行ってきました。

中年探検隊(一番右が私)


秘境の沢の上流には熊の巣があるというので、熊よけのお守りに我が家のランも一緒に連れて行きました。まず、小さい集落の棚田を終点にして車を降り、沢の上の細い道をひたすら上流に登っていきます。その間ランは一回道を踏み外してヤブの中に立ち往生。私が降りて引き上げます(おいおいほんとにためになるのか?)。
沢沿いの道がついに無くなって沢に降りると、そこはもうアメジストの世界が。
「いっぱい石の間に転がっていますから」と、案内役の工場長。

ランも探索中


そして、ゆっくりした流れの沢から徐々に狭く曲がりくねった急流の岩盤の沢へ。
時折、水深の深い場所にランが立ち往生。両岸には切り立った岩。猟犬のジャーマンシェパードでも直立の坂は登れないものですね。以後2回も私が持ち上げて移動することになりました。人間はどこでもへばりつきながら移動できますが、犬には大分難しかったようですな。

滑りやすい岩盤の沢を膝まで浸かって登っていくと急に黒い川底に星が出現!そこにはオパールの星座がきらびやかに眠っていました。

水中に光るオパール


岩盤ではとてもはぎ取ることも出来ず、アメジストが露出している岩盤に急ぐことにします。
カッチンコッチン。佐渡の金山の工夫のようにひたすらハンマーで叩くこと一時間、水晶の塊りをゲット。
熊の巣下の踊り場で休憩。

ひと休み。


仕事しない割にランも疲れた様子。明日の散歩は休みにしようか?
それにしても、水にビクともしないμ770SWは沢登りに最適だったなあ。



地震 再び。

2007年07月17日 11:00

7月16日 午前10時13分頃、小松菜の調整作業中に揺れは起こった。
長く大きい横揺れと共に、パートさんたちの悲鳴が作業場に響いた。
あまりに長い揺れで、どこが地面かもわからず、まるで船酔いした時のような吐き気が襲ってきた。
3年前の新潟中越地震の悪夢が甦ってくる。
当時私はまだ学生で、休日を利用して新潟に帰るため新幹線に乗っていた。あの、脱線した新幹線の後の新幹線だった。トンネルの途中で立ち往生し、明かりの落ちた車内に8時間近く閉じこめられた。トンネル内のため携帯が繋がらず、車内の公衆電話に3時間並んで家族に無事を伝えた。何の情報もない中、もし土砂が崩れて生き埋めになったら?と、不安ばかりが募り、生きた心地が全くしなかった。荷物を車内に残し、トンネルの中を歩いて脱出したのだが、あまりに必死で、どれほどの距離を歩いて、どれほどの階段を登って地上に出たのか切れ切れにしか覚えていない。今まで生きてきて、初めて死を身近に感じた瞬間だった。

地震の約5時間前、スーパーに小松菜納品中。
この後地震が起こると夢にも思わなかった。


今回の地震での我が家を含めて近隣農家の被害は幸い無かった。
実は、地震の前日、台風一過の新潟の空は遠くの山々まではっきり見える程澄んでいてキレイだった。それが夕方になると、日本海の真上の空だけが真っ赤に燃えたような気持ちの悪い空に変わった。父とそれを見ながら“地震雲みたいだ”と話していたのを今ハッキリ思い出している。それが本当に地震雲だったのかはさておき、まさか、また地震が起こるとはその時夢にも思わなかった。
ニュースで見る被災地は、わずか数十キロしか離れてない同じ県内で起きているとは思えないくらい悲惨だ。しかし、慌ただしく飛ぶ自衛隊の飛行機や、鳴り止まない消防車のサイレンが地震のリアルさを語っている。
私には何ができるのだろうか。

地震雲?



知らないおばあちゃん

2007年07月12日 11:00

新潟は小雨が続いております。前回紹介した山形県とは、隣県なのにこうも違うものかと不思議でなりません。
けど今朝、雨露に濡れるあじさいを見つけ、こんな天気も悪くないのかなと少し癒されました。

雨露あじさい


今日こんな事がありました。
いつものようにハウスで小松菜の種まきをしていると、隣りの畑から知らないおばあちゃんが話しかけてきました。
「おめーんとこのあんにゃからこのめー菜っ葉いっぺこともろたてー。ばーかうんめかったてー。ありーがと!」
みなさん、この新潟弁通じますか??
訳すと「あなたのお父さん(あんにゃ=長男のこと)からこの前たくさん小松菜をもらったよ。とても美味しかった。ありがとう!」です。
新潟で生まれ育った私でも、おばあちゃんの年代の新潟弁は聞き取れないことがあります。
けど、問題はそこじゃなく、わたしの周りでは、知らない人が話しかけてくることは日常茶飯事です。ってこと!!

知らないばあちゃん


それは、東京で一人暮らしをしていた頃では考えられないことだなーと思いました。都会で急に知らない人が話しかけてきたら、“この人おかしな人?!”って警戒してしまいますよね。
けど、ここでは、それが当たり前!
いま改めて考えてみると、こういう環境だったからこそ私が人見知りもせず社交的(自分で言うもんじゃない?)に育ったのかな。と思います。
私が小さい頃は、隣りのおばちゃんに怒られることがしょっちゅうありました。
隣りの隣りのおじさんからは釣りを教えてもらいました。
近所のみなさんが私の親であり、先生です。
私もいつか自分の子供ができたら、このあったかい場所で育って欲しいな。と心から思います。


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