写真コミュニティフォトパスTOP > ナビゲーターズ写真ブログ > 内田 正洋の写真ブログ みどりの海へ 〜The way of Ocean Green〜

『みどりの海へ』 The way of Ocean Green


vol.1 海とアウトドア

2009年01月29日 11:00 テーマ [ アウトドア ]

今回からアウトドアに関する僕の思いを書き始める。
で、初回のテーマは「アウトドアというのは決して野外という意味じゃないんだよ」なのだ。
でも、アウトドアを日本語に置き換えると、どうしても野外になってしまい、どうにも具合が悪い。
その理由をまずは考えてみる。

野外とは、野原とか郊外とか屋外といった意味である。とはいえ、そこにはアウトドアが持つ大自然のイメージがない。
屋外スポーツがアウトドアスポーツでは、かなりイメージが違ってしまう。
今の日本列島にはアウトドアに値する大自然がない。だから、仕方なく野外になってしまうのだ。
太古の昔から大自然の懐に踏み込んできた日本列島人の、長い歴史が大自然を消滅させ、日本列島を文明の島にしてしまったのが原因なのだ。

【開聞岳】
海が茫漠たるウィルダネスだと気付いた僕は、91年に台湾から九州までのシーカヤック遠征を仲間たちと試みた。台湾から与那国島、西表島、石垣島と、島伝いの旅。奄美、トカラ列島を越え、屋久島から竹島へ。そしてこの日、ようやく水平線の向こうに鹿児島の開聞岳が見えてきた。いよいよ九州が近い。

ウィルダネスという言葉をご存知だろうか。こちらは荒野という意味なのだが、荒野こそが大自然のイメージである。
しかし、わずか37万平方キロという国土面積は、カリフォルニア州より狭く、人口は3倍以上。そんな狭くごみごみした島だから、やはりウィルダネスだってありえない。そう僕は思っていたのだった。
荒野はかつて「曠野」とも書いたが、その方がよりウィルダネスに相応しい感じだな。でも今の日本に曠野はない。
列島面積の6割以上におよぶ森林とて、ほとんどが人工林なのである。

今から22年前の1987年、僕はシーカヤックと出会った。海を旅するための小舟だ。
極北の民族によって培われ、数千年の歴史を持つ舟だ。元来は木の骨組みに皮革を張った皮革舟である。俊敏に動く漁猟用の小舟、それがカヤックだった。
そのカヤックを模してプラスチックで成型したのが現代のシーカヤックである。

【黒潮】
92年には西表島を出発して東京湾を目指した。東シナ海のど真ん中、400キロ先の久米島を目指していた。東京湾に到達したのは、1ヶ月後のことだった。91年と92年の遠征によってシーカヤックの実力を僕は理解した。

シーカヤックの存在を知った時、僕は日本にもウィルダネスがあることに、突然気付かされた。
それが列島を囲む茫漠たる海だった。海はウィルダネス、曠野そのものだと。
日本でアウトドアを考えるなら、それは海にしかないと、その時すぐに確信した。 そして僕は日本の海をシーカヤックで旅し始めた。そうするうちに、日本の海には本質的なアウトドアが存在していることが分かってきたのだ。
アウトドアが求めるもの。アウトドアが教えてくれるもの。そんなことが22年の歳月をかけて、ようやく理解できたのである。
次回からはそんなアウトドアの意味を考えていくのだ。

ちなみに、日本の主権がおよぶ海(排他的経済水域)の広さは、何と世界で6番目というもの凄さである。

【東シナ海】
沖縄に向かうフェリーと東シナ海上で出会った。広大な海を旅する世界。それがシーカヤック。日本におけるアウトドアの本質がそこから見えていた。

(つづく)

コメント(2)

シーカヤックで大海原を渡れるなんて初めて知りました。
私たちから見れば冒険の域ですね

カヤックってこんな海原にまで行くことができるのですね、
船とのコントラストが、なんともいえません

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