写真コミュニティフォトパスTOP > ナビゲーターズ写真ブログ > 内田 正洋の写真ブログ みどりの海へ 〜The way of Ocean Green〜

『みどりの海へ』 The way of Ocean Green


vol.2 アウトドアと海洋文化

2009年02月06日 11:00 テーマ [ アウトドア ]

海が茫漠たるウィルダネス(曠野)であると気付いた僕は、日本の海の虜になっていった。
僕は海上保安官の息子であり、海はいつも身近だった。保安官には転勤があるので、僕は長崎県は東シナ海の内海である西海、青森県の太平洋岸、山口県の日本海沿いにある内湾で育った。
高校を卒業して日大の水産に入学してから以降は、神奈川の海が僕の海になった。

そういえば、日本列島を囲む海は、東シナ海、日本海、太平洋、オホーツク海だが、正確にはフィリピン海が含まれることをご存知だろうか。伊豆半島から伊豆諸島、小笠原を結ぶ線の西側、紀伊半島や四国の南側、九州や琉球列島の東側の海域は、正式にはフィリピン海と呼ばれる太平洋の附属海だ。
日本の南岸はフィリピン海に接しているんだけど、日本政府はいまだにその呼称を使わないので、ほとんど誰も知らない。と、ちと蛇足。

【伊豆半島】
伊豆半島の先端に近い湾内にシーカヤックの船団が浮かぶ。縄文時代からこの地にはカヌーがあった。日本の海洋文化の歴史は、とてつもない。この先の海はフィリピン海である。

で、アウトドア文化である。
アウトドア文化は主にアメリカが発祥だけど、そこには先住民のネイティブ文化との関連がある。産業革命とアメリカ独立はほとんど重なるけど、産業革命によって工業化されたアメリカでは、金融と産業が一緒になって独占資本が生まれた。
そして、その流れが帝国主義へ突き進むんだけど、その過程でネイティブ文化は駆逐され、奴隷貿易によって黒人が無理やり移住させられた。

二度目の大戦が終わり、アメリカのビジネスはこの世の春を謳歌していたけど、その恩恵は白人だけで、黒人差別は相変わらずだったし、陸や海のウィルダネスと調和した生き方をするネイティブ文化は、すでに風前の灯。
大まかに考えれば、ビジネスがネイティブ文化を破壊したってことなのだ。もちろん自然も破壊してきた。

【沿岸水路】
北アメリカ北西海岸に連なる沿岸水路。アラスカとカナダの国境近く。いまだ陸に道はない。この隔絶された海の環境がネイティブ文化を守った。本当に少数だが海洋インディアンと呼ばれる人々の小さな集落が今もある。ここまでは海路でしか行けない。

そんな流れだったから、20世紀初頭には今につながるエコロジー的な考え方が、アメリカで生まれていた。当初は水質の問題だった。
マサチューセッツ工科大学初の女子学生になったエレン・スワローが創唱したエコロジーは、後に海洋の研究につながり、戦後になって海洋学者のレイチェル・カーソンの著作が今のエコロジー運動につながったことを考えると、海とエコロジーは切り離せない関係にある。

そして70年代ぐらいに始まったアウトドアは、ネイティブ文化から学ぼうという動きから始まった。当初は平原の民族から、そして海洋民族の文化から学んだアウトドアの動きは、自然との調和を求めるエコロジーと直結していったというわけだ。
というわけで、アウトドアと海洋文化ってのが、つながるのである。

【ホクレア号】
2007年、ハワイの古代カヌー「ホクレア号」が古代の航海術を使って日本列島へやって来た。瀬戸内海に浮かぶ祝島の沖で、千年以上続く櫂伝馬船での出迎えの儀式が行なわれた。ハワイと日本の伝統海洋文化の邂逅。

(つづく)

コメント(1)

古代人はホクレア号のような双胴船を連ねて、沿岸伝いに航海をしていたと聞きます。狩猟・農耕だけではなくて、広く交易をしていて、外交官のような職業もあったそうです。広大な海の風景を見ていてひょっとしたら現代人よりも壮大かも?と思いました。

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