写真コミュニティフォトパスTOP > ナビゲーターズ写真ブログ > 内田 正洋の写真ブログ みどりの海へ 〜The way of Ocean Green〜

『みどりの海へ』 The way of Ocean Green


vol.6 旅とは何ぞや

2009年03月06日 11:00 テーマ [ アウトドア ]

シーカヤックで旅を続け、もう20年以上が過ぎたけど、ずっと気になっていたことがある。それは「旅」という言葉の語源。元来、旅とは何ぞや?である。
シーカヤックの場合、旅という言葉をツーリングに置き換えることがある。シーカヤックの旅は、シーカヤックツーリングである。ツーリングはオートバイ用語だ。

僕はオートバイでもツーリングをしていて、それで物書き(ツーリングライターだ!)もしている。だから、オートバイ用語がシーカヤックの世界でも使われるようになったと、単純に思っていた。でも現実は、自然発生的にシーカヤックツーリングと、みんなが呼ぶようになっていた。

ツーリングは、周遊旅行のことで、戻ってくることを前提に旅をすることだ。英語が日本語化したもので、オートバイの世界では、「遠乗り」という言い方からツーリングに変化していった。今や、遠乗りってのは、死語に近い。

では、旅=ツーリングなのかというと、そうでもないのだが、日本語化したツーリングはかなり近い。でも「旅」には、何か違うニュアンスを感じる。もっと深い意味合いがあるような。だからこそ、オートバイとシーカヤックの旅だけが、ツーリングになったと僕は思っている。単なる旅行じゃないってことだ。クルマの場合は、あまりツーリングと呼ばない。ドライブである。

【福井県三方五湖へ】
3ヶ月に1度は、今でもオートバイで旅をしている。「ボクサージャーナル」というBMWオートバイの専門誌に連載しているから。もう8年ほど続けている。これは福井県の三方五湖というところ。真冬でも真夏でもオートバイで旅をする。ツーリングは、高校生の頃からだから、もう30年以上になる。オートバイの旅は、日本の変化を細かく教えてくれる。

そうこう考えているうちに、日本語の「旅」は、「たぶ」から来ていることを知った。かなりの衝撃だった。確か日本の民俗学を始めた柳田国男さんがそう書いていたと思う。「たぶ」は「賜ぶ」と書く。「給ぶ」とも。つまり何かを賜ることだ。さらには、「食べる」も「食ぶ」であり、こちらも同じ語源だという。

僕の郷里の熊本では、「食べる」を今でも「食ぶる」と普通に言っている。また「食べる」は「喰らう」や「食う」の丁寧な言い方なんだそうな。ついでに書くと、熊本では酔っぱらうことを「えーくらう」と言う。「えー」は「ゑい」で酔うの古語。つまり「酔い喰らう」である。
熊本では焼酎は飲むんじゃなく喰らうもんだという感覚なのだ。しかも熊本の焼酎、いわゆる球磨焼酎は、ほとんどが米の焼酎である。米は飲むんじゃなく喰らうだ。

旅とは、賜ることで、しかも食べることだと分かったら、それまでの疑問が一気に氷解した。そうそう、シーカヤックの旅は何かを賜るため、そして食べるためにやるもんだと。何とも日本語は深いもんだゼと、その時改めて思ったのだった。

かつてのシーカヤック、つまり皮革舟であるカヤックは漁猟の道具だった。漁猟ってのは、漁撈と狩猟のことだ。漁撈は魚介類や海藻類を獲ることで、すなどり(漁り)とか、いさり(漁り)ともいう。一方、狩猟は鳥獣類を獲ることで、狩りである。どちらも野生の生物を獲ることではある。

【古式カヤック、タケダルカ】
僕の後輩が古式カヤックを作った。骨組みは竹である。アリューシャン列島のカヤックは、ロシア語でバイダルカと呼ばれていた。それをもじってタケダルカというらしい。実際に使えるけど、狩猟にはどうかなぁ?狩猟技術がないから、無理だな。でも、ちょっとした旅なら充分に使える。海上散歩用カヤック。資金はほとんどかかっていない。漕ぎ手は僕の先輩。

漁撈は漁業という産業に変化していったけど、狩猟は産業にまでは進展しなかった。狩業なんてのは聞いたことがない。かつての狩猟は銛を使っていた。カヤックでもそうだったけど、今の狩猟は猟銃を使うから日本には馴染まないのだろう。趣味としてか、害獣駆除としての狩猟しか今の日本にはない。害獣駆除に駆り出される猟師も高齢化が進んでいる。もちろん日本の漁業も衰退の一途で、22年後には日本に漁師がいなくなるという計算もある。

とはいえ、かつては日本でも狩猟が産業になっていた。海の獣である鯨である。そう捕鯨業だ。捕鯨は漁撈じゃなく狩猟の世界。戦後の日本は、捕鯨によって食料難を切り抜けたほど。僕ら1950年代生まれは、鯨肉で育った感さえある。ところが捕鯨という狩猟産業も、ほとんど絶滅した。捕鯨が世界的に禁止になったからだ。日本は今、細々と調査捕鯨や沿岸捕鯨をやっているだけ。

【キャッチャーボート】
今は、宮城県石巻市になった鮎川町に展示してあるキャッチャーボート。子供の頃、僕は砲手に憧れていた。でも、その夢は叶わなかった。だから大学は遠洋マグロ延縄漁船の航海士になるために、日大の水産学科に入った。卒業したらマグロ船で世界を駆け巡る夢があった。しかし、卒業したらマグロ船は減船の真っ最中。乗る船はもうなかった・・・・・。

ちょいと話がずれてきたけど、シーカヤックの旅によって、僕は自然から何らかの啓示を受けるというか、何かを賜ることがある。前回書いたように、ピッ!と閃くのは、実は自然から何かを賜った時だったのだ。
そして、シーカヤックの旅によって僕は原稿を書き、それでお金をもらい食べてこれた。僕にとって、シーカヤックは「旅」そのものだったってことだ。

僕のようなフリーライターやフリーのカメラマンっていうのは、漁師や猟師と同じような価値観で生きている感覚がある。特に自然を相手にするフリーランサーたちは、まったく同じといっていいぐらいだ。明日の保証はないし、身体を壊したらそれでおしまい。今や漁場が少なくなり、食えなくなる日も近い。それで、農業や林業のように種を撒くことを始めなければならん、と最近閃いた。それも「旅」から賜った閃きなのだ。つまりは、これからの僕は、海に種を撒かなきゃならんのです。

(つづく)

コメント(1)

内田さんこんにちは。旅は賜るから来ているとは!とても素敵な言葉だったんですね。驚きでした。人生は旅ですね

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