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Vol.01:プリント表現とモニタ表現  [清真美×矢部國俊]

写真表現はどう変化するのか
Vol.01 プリント表現とモニタ表現
【清家の晩餐】 「熱帯家族」シリーズより 2003年制作
対談 清 真美(ゲスト)×矢部 國俊(ナビゲーター)
写真家・矢部國俊をナビゲーターに、新進の写真家をゲストに迎え、今後の写真表現に迫るコーナー。
第1回目のゲストは、2003年EPSONカラーイメージングコンテスト写真部門で優秀賞を受賞した写真家、清 真美さん。
取材・文 立古 和智
モニタ上で見る写真の色は、他者とは共有できないのが前提か?
清 真美
第1回 対談者
清 真美
[Mami Kiyoshi]

1974年埼玉県生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒。コマーシャルフォトスタジオを経て現在フリー。
2003年、EPSONカラーイメージングコンテスト写真部門で優秀賞受賞。代表作に「熱帯家族」「新釈肖像写真」などがある。

清 真美  
公式ウェブサイトはこちら

【カラーマネジメントとは】

ディスプレイやプリンタなどデジタル機器では、それぞれに特性があり、同じ色を、同じように発色できるとは限りません。
機器ごとの発色特性を調整し、基準となる色で再現する技術をカラーマネージメントと呼びます。

【モニタの違いとは】

電気屋さんで並んでいるテレビ画面がそれぞれ微妙に色味が異なるように、我々が用いるPCのモニタもまた、それぞれのメーカーや個体ごとに若干色味が異なります。
同じデータを表示しているはずでも色味が異なると、同じものを共有しているとは言いがたい状態になるのです。

矢部:
当コーナーの大きなテーマは、インターネット、携帯電話といった新しいメディア、デバイスが登場して、「写真の見せ方は将来どう変わっていくか」「写真の味わい方、見せ方はどう変化するか」といったことなのですが。
清:
私、まだそこまでは考えていないかも……。
矢部:
しかし、デジタルで作画しているなら、撮影後にモニタ(デジタル機器)を通じて写真を見るわけでしょう? そうするとモニタは切り離せないし、写真が実物(プリント)だけでなく、Web上に出たりするとそれぞれで色の違いも発生する。実際に、制作時にはデジタルで加工していますよね?
清:
『新釈肖像写真』シリーズのときまでは、ポジをスキャンしてプリンタで出力していたのですが、『飛ぶ静物』シリーズからデジタルカメラで撮り始めました。現像してセレクトするといったプロセスがなくなったので、作業効率は一気にアップしましたね。
矢部:
最終的なOKはどの段階で出すんですか?
清:
一度、モニタ上で仮OKを出してからプリントして、微調整しながらOKを出していますね。写真のセレクトも、撮影直後の熱がこもっているときにではなく、時間を置いてから行います。『新釈肖像写真』シリーズのときは、撮影前に一回被写体となる人たちと会って日を置いて撮影し、そのときに感じたものを濃縮しながらレタッチで反映するようなプロセスをとっています。
矢部:
僕は、Webでの使用を前提に撮影することもあるのですが、難しいのはモニタ毎に色がそれぞれ異なること。特にWindowsのモニタには青みがかったものが多い。自分の頭の中にはニュートラルな色のイメージがあっても、同じイメージは本質的に共有できない。
清:
私は共有できないことを前提としています。だから、どんなモニタで見ても感動させられると理想なんですよね。それに、展覧会情報などの印刷物だって同じことで、全部の色を自分の目で確かめているわけにもいかない。だから、告知用の印刷物では「見る人が何か感じてくれたらいいな」ってレベルに留めます。その代わり、最終形態となる展覧会のプリントの質にはこだわりますけどね。
矢部:
確かに現時点ではそれでもいいけど、今後のことを考えていくとね……。例えば、Webに作品をアップしていたら、海外からも見てもらえることだってあるし、それが何かのプロジェクトに繋がるかもしれないからね。
清:
たしかにそうなんですよね。今の時点では、様子見のような状態です。
矢部:
僕はモニタに関しては、「カラーマネジメントができていない状態で売られてもいいのかな」って思う。すべてのモニタで完全に色が一致していないにしても、デフォルト段階で特定の範囲内の色に収まっていてほしい。日本国内でMサイズの服を買ったら、ほぼMの常識の範囲の大きさで売られているように。
清:
カラーマネジメントって、ずいぶん前から叫ばれているのに、なぜこんなに浸透しないんでしょうね?ニーズが十分じゃないのでしょうか?
矢部:
一般にはまだないんです。しかしニーズがなければ、適当でいいかというと僕らはそうも言ってられないでしょう?食べ物屋さんで、「バレなければいいや」といって汚れた食器で料理を出すようなものですよ。
MacとWindowsを比較すれば、Windowsの色のクオリティの低さには気がつくはずだけど、比較しなければ普通のレベルだと信じてしまって気がつかないし、無意識のうちに頭の中で補正して変な色を変じゃないものとして見てしまうんです。
写真の魅力は、色が転んだくらいじゃ失われない
清:
たしかに、Macで色をレタッチしてお客さんに納品したら、Windowsのモニタで確認したお客さんからクレームがきたことはあります。ネットショップなんかでも、実際に購入したら「色が違う」という理由での返品が多いと聞きますよね。
矢部:
“こういうルール”というものがないのが問題で、我々が表現していることも誤解されてしまう。
清:
確かに理想は、矢部さんの言うとおりデフォルトでベストの状態のモニタですよね。
けど、現時点では色が転んでしまっても心に残る写真を撮るようにするしかないのかも。
矢部:
確かに「絵の本質は、そんな細部のことではブレない!」ってことかな(笑)。例えるなら「多くの人が見たことがないモナリザでも、その魅力は多くの人が知っている」のと同じで、複写されたもので見たり、テレビを通じて見ていても魅力は伝る、と。
しかし、写真って見るときのサイズによって、作品の善し悪しが変化して見えますよね。
【野口夫妻】 「新釈肖像写真」シリーズより 2004年制作
清:
そうですよね。
矢部:
アウトプットする際の紙にはこだわっていますか?
清:
すごくこだわっているってほどではありませんけど、好きな紙はあります。それに作っている段階で「この作品ならこの紙かな」ってことは考えますね。
矢部:
清さんは、将来的にWebを使って何か試みようとは考えてないの?
清:
今のところ発信に関するアイデアはないかな。自分のWebでは、モデルを募集しているくらい。それと最低限の作品を載せて、初対面の人とつながりを生み出す窓口のような役割、というか。
矢部:
クロスメディア、クロスプラットフォームといった感じで、従来のメディアをそれぞれ独立して使用するのではなく、複合的に活用することも大事ですよね。立体的に情報を発信できるから。
清さんのように、Webを網として使用していく考え方(自分の紹介に使う手法)もありだけど、一方、写真展をやりながら、その裏話のようなコンテンツをWebにアップしてみたり、逆にWebで作品を見せておきながらリアル空間に導線を張ってもいい。どちらかというと僕の場合はリアルからネットの流れで活用したい。
清:
デジタルは、すでに作品づくりのツールとしては欠かせない。撮影後の色の変更、焼き込み、覆い焼きを細かく行いたいし、それを厳密に行うことでイメージを絞りこめる。仕事がよりイメージ通りに、効率的に進められるようになりましたからね。
カメラも大事にはするけど、道具が変わると表現にも影響はありますよね。
【手袋と稲穂】 「飛ぶ静物」シリーズより 2006年制作
矢部:
そうだよね。けれども、道具で変えるのではなくて、自分のイメージに合わせて道具を選ぶほうが正解かもしれない。
清:
そういった意味では、道具は多いに越したことがないし、デジタルも銀塩もいいところ取りをすればいいと思う。
矢部:
僕は、デジタルでもうちょっと楽しく見せたい。Webの場合、“紙幅の制限”が実質ないようなものだけど、それをうまく活用する方法がないかな、って考えています。例えば、作品に付随する価値や情報はWebで出していって、格好良く見せたいプリントは誌面で見せたりとか。
清:
デジタルは、ツールとしても媒体としても、使い分けが大事ですよね。どちらも長短あるわけですからね。
矢部:
そう。ショッピングモールと同じような考え方かな。大テーマ「写真を楽しく見せる」が「○○がほしい!」だとしたら、それに付随してご飯も食べられて、関連するショッピングができてと、ひとつの塊としてモールがあるように、写真の楽しみ方や発信の仕方も、色んな方法を取り込めたら面白くなっていくと思うんですよね。
清:
なるほど。
矢部:
今日はありがとうございました。