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OLYMPUS E-3、E-420と旅する中央アジア - KIM LAU

OLYMPUS PRO PHOTOS

KIM LAU

OLYMPUS E-3、E-420と旅する中央アジア

PROFILE

シンガポール生まれのキムはこれまで、アジア、アメリカ、ヨーロッパを数多く旅してきました。

2004年に、中国、チベット、インド、パキスタン、新疆ウイグル自治区を巡る、長期のアジア撮影旅行に乗り出したことにより、彼の写真は注目を集めることになりました。

後に、オリンパスイメージングシンガポール社の後援で、写真展『One Round In Asia』をシンガポールで開催。音声・音楽システムとDSPのエンジニアとして教育を受けたキムは現在、シンガポールのニー・アン・ポリテクニックで、電気工学と視聴覚技術の各学部で音声と写真の講義をする立場にあります。

世界各地の文化に深い関心を寄せるキムは、今後も旅行と文化を扱う写真に取り組み続け、いずれは音声と音楽を彼の作品に取り込むことを目標としています。

COMMENT

2004年、中国、チベット、新疆ウイグル自治区、ネパール、インド、パキスタンを陸路で渡った長期アジアの旅によって、わたしは人々の顔立ちの移り変わりに興味を持つようになりました。その後、テュルク系民族(トルコ人もテュルク系民族の一例です)の中でわたしが最も端正だと思う、新疆ウイグル自治区のウイグル族を撮影。同じ旅の途中で、新疆ウイグル自治区のほかのテュルク系民族である、キルギス人やタジク人、カザフ人にも出会って撮影をしました。今回の旅では、テュルク系民族のふるさとである中央アジアを映し出していきます。

中国(東)、ロシア(北)、インド亜大陸およびイラン(南)、そして地中海沿岸(西)に囲まれた中央アジアの地は、シルクロードの主要地域であり、その結果、あらゆる人々が集まりました! 記録に残っている中央アジアの歴史は、紀元前6年、ペルシャのアケメネス朝が現在の中央アジアに従属国を築いたところから始まります。アレクサンドロス大王、チンギス・ハン、ティムール、そしてイギリスとロシアが、それぞれ後の歴史的展開において大きな役割を演じることになり、そうした中でシルクロードの誕生、イスラム教の到来、グレートゲーム(中央アジアを巡る英露抗争)、ソビエト統治下における独立国家の確立が起きました。そうして、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンが誕生したのです。

今回の旅はビシケク(キルギス)から始め、アシガバート(トルクメニスタン)で終えます。旅を構成する要素は次のとおり:
(a)キルギスの人々の、のどかな田園生活
(b)ウズベキスタンにあるシルクロードの荘厳な都市風景
(c)神秘的なトルクメニスタン(そして独特な荘厳さ)

旅を振り返って
イスラム教の国々を旅したこれまでの経験で、温かで友好的な人々との出会いが、旅を素晴らしいものにする最も大切な要素だと考えるようになりました。中央アジアでも同様だと考えていましたが、そうはいきませんでした。中央アジアはまた、わたしの思い描いたものとも大いに異なりました。テュルク系民族へのソビエト時代の名残を過小評価していました。テュルク系民族は、特にウズベキスタンとトルクメニスタンでは、自分たちを撮影する人々にうんざりしているのです。多くの人は、わたしが写真ビジネスをしている地元の男性陣のひとりだと思ったようです。地元の人々と触れ合おうと試みても、中央アジアでの言葉の壁は大きいです。ただし、言葉でのコミュニケーションができなくても、それ自体は必ずしも大きな壁を作るものではないということは、強調しておきます。

田園風景から荘厳な風景へ。この田園風景とはキルギス、そして荘厳な風景とはウズベキスタンとトルクメニスタンを指します。キルギスは思っていたほどの田園地帯ではありませんでした。キルギス人のほとんどは冬の住まいを持つ半遊牧民で、近代化が急速に進んでいました。キルギスは中央アジアの中でとても自由な国で、3国の中で最も写真に映える国でした。

ウズベキスタンにあるシルクロードの荘厳な都市を訪れずして、シルクロードの旅は成り立ちません。同じ理由で、こうした都市では団体観光業が氾濫していてがっかりします。もっと地元の人々と触れ合いたいなら、ウズベキスタンでもっと時間を割く必要がありそうです。腐敗した警察の存在は、国のせっかくの旅行地に悪い印象を与えてしまっています。

トルクメニスタンは、国を見るだけでも多額を支払わなくてはならず、常にガイドの指示に沿わなくてはいけないため、高級な旅行先だと言えます。特殊な国だろうと予想していて、実際にそうでしたが、ガイドツアーだったのであまり楽しめませんでした。その一方で、ガイドと車が無ければ、ほとんどの場所は訪れることができなかったでしょう。砂漠の村、ガスクレーター、色彩豊かな渓谷、白い大理石の街、遺跡、そしてカスピ海。トルクメニスタンは極端な対比を目にする国でした。

多くの旅行者が述べていたことですが、タジキスタンの素晴らしいもてなしぶりについても学ぶことができました。わたしがタジキスタンを外した理由はビザの問題と、パミールの高地砂漠にはあまり興味が無かったからでした。旅を終えた今、もしかしたら中央アジアのもてなしを経験するのに、そして晴れ着姿のタジク人とキルギス人の両方をパミール高原で撮影するのに、タジキスタンは最適な場所だったのかもしれないと思います。

それでも、今回の中央アジアの旅には満足しています。ロシア語やロシア料理だらけの日々を過ごし、そしてもちろん、トルクメニスタンでのガイドがロシア人だったこともあって、ロシアの人々と文化に対する興味もわいてきました。中央アジアはお金のかかる旅行先です。日々の出費は通常55ドルほど、トルクメニスタンでは1日200ドルです。今回の中央アジアの旅をサポートしてくださったオリンパスに感謝しなくてはいけません。