



ビョルン・シュタインツは1970年3月23日、ドイツのバート・ホンブルクで生まれました。
写真と旅行に強い関心を持っていたことから、プラハ芸術アカデミー映像学部(FAMU)の芸術修士課程へ進学。ヴィクトル・コラールシュ、インドジフ・シュトライト、ヴァルター・ベルグモーザーら、著名な写真家による演習で学び、1999年に修士号を取得しました。
勉学と1年間の広告会社勤務を経て、これまで多くの巡回写真展に出展しており、サグレブ、ロサンゼルス、ハノイなど、さまざまな土地で作品が展示されてきました。
その一方で、ロンドンのパノス・ピクチャーズ、ドイツ通信社(dpa)など多くの国内および国外のニュース機関、新聞社、雑誌社とも仕事を行ってきました。こうした協力関係の多くは、現在も続いています。
ルポルタージュ写真とは、生命と世界について発言する能力、そして何よりも、それらに潜むものを明らかにする能力を備えたものである、と語るシュタインツ。
現在は妻とともにチェコで暮らしています。
シベリア、ロシア
長い間、旧ソビエト連邦でルポルタージュを行いたいと考えていた私は、ジャーナリストである友人の助言により、世界で最も寒い都市の一つである、ヤクーツクに行くことにしました。この旅を決定づけたもう1つの動機は、12月のドゥーマ(ロシア下院)選挙にありました。投票日を控えた都市を訪ねるという考えに好奇心をそそられたのです。そして特に、このような極限の気候条件の中で人々がどのように生活しているのかをこの目で見て、記録に残したいと思いました。
ヤクーツクでの滞在は、感服させられるものでした。そこでの生活は天候に左右されており、住民は極限の気候条件に適応するために、さまざまな方法を編み出してきました。私にとって特に大きな障害は、キリル文字を読めないこと、そして3つの文章とわずかな単語しか知らないというロシア語能力でした。ヤクーツクでは、地元のとても協力的で親切な家族と生活することになり、いろいろな外国語を話す彼らは自ら、私が多少は計画的な旅ができるよう手を貸してくれました。
シベリアには合計3組のカメラを持ち込みました(このため荷物の重量は8kgオーバーでした)。アナログ1組とデジタル2組、うち1組はオリンパスE-3、ZUIKO DIGITAL ED 12-60mm F2.8-4.0 SWDレンズ、ZUIKO DIGITAL ED 50-200mm F2.8-3.5 SWDレンズ、フラッシュFL-50R、バッテリーBLM-1を6個、充電器2台というセットです。デジタルカメラが極限の気温下でどんな反応を示すか、私の旅行前の調査では確かな答えがわからなかったので、何があっても確実にシベリアで仕事ができるよう準備したかったのです。
E-3は氷点下の気温においても信頼性が高いとわかりました。一般に低温下での電源確保は難題なので、私は毎日必ず複数のバッテリーを携帯し、温度を保つために服の下で皮膚に接して保管しました。一度のバッテリー交換で150枚から300枚の撮影をすることができました。もっと大きな問題としては、寒い場所から暖かい屋内に入った瞬間に発生する結露の問題があります(-30度以下での屋外撮影は、最長でわずか45分から60分でした)。カメラボディーの温度の影響で、屋外から屋内に移動すると、レンズに短時間ながら氷の層が形成されます。この氷はもちろん溶け始めるので、カメラ全体がびしょ濡れになってしまいます。しかしこの旅ではE-3の防塵・防滴性能が大いに発揮され、カメラはシベリア滞在中ずっと問題なく動作してくれました。
私は主にZUIKO DIGITAL ED 12-60mm F2.8-4.0 SWDレンズを使用しましたが、これは私の万能レンズと呼びたいようなレンズです。焦点距離は私好みのポートレート写真撮影にぴったりで、おかげで被写体である人と直接コンタクトを取ることもできました。またモチーフによってはZUIKO DIGITAL ED 50-200mm F2.8-3.5 SWDレンズも使用しました。