2010年3月25日
「Y字路」撮影秘話、「僕とカメラ」の話。
横尾忠則さんに、PEN STYLEが聞きました。
PEN STYLE「クリエイティブフォト・コンテスト」の審査委員長をつとめていただく横尾忠則さん。もうずっと以前から、カメラを日常的にお使いになっているとのことです。そんな横尾さんに、「自分にとってのカメラ」についてお話を聞きました。
人が誰もいなくなるまで待った、「Y字路」の撮影。
横尾さん初の写真集「東京Y字路」は、横尾さんの長年のモチーフ「Y字路」を写真で表現された作品です。横尾さんは、この「Y字路」の撮影で東京23区をくまなく歩き回ったといいます。そして驚くべきことに、どの「Y字路」の写真にも、人の姿は映っていないのです。お話はその「Y字路」の撮影時のことからはじまりました。
「『Y字路』を撮る時のことですが、僕は歩いている人が誰もいなくなるまで、その場でずっと待っているんです。その瞬間がきた時に、シャッターを切る。そんなの今は画像処理で人を消してしまえばいいのかもしれないけれど、その写真を撮った、という身体感覚以外の要素は導入したくなかったのです」
横尾さんにとってシャッターを切る動作には、特別な意味があるようです。それはある瞬間の光景を、目に焼き付けるだけでなく、体にも記憶させるための行為なのかもしれません。
「たとえば空に飛行機が飛んでいる。それが気になったら、ただ漫然と見ているのではなくカメラのシャッターを切る。そうすることで、体にその記憶を『移植』するのです。後からプリントする必要はないんです。結果ではなく行為優先ですから。シャッターを切ることは、自分がそれを『見た』という印なんです」
写真を撮る。それは、ある瞬間をつかまえるということ。そして、体に取り込むこと。横尾さんの言葉には、そんな考え方が込められているような気がします。横尾さん自身とカメラとのユニークな付き合い方について、さらにお話は続きます。
シャッターを切って、「見た」ことを体に刻み込む。
「シャッターを切るのは、体にすりこむため。後は、忘れてしまってもいい。僕はずっと、そういう風にカメラを使っていました。そうして『見た』ものが体に刻み込まれていって、創作の力になるような気がします。ただシャッターを切るときに、作品をつくろうとしてはいけない。作品になるかどうかはどうでもいい。体に記憶を蓄積させていくんです。それがクリエイションです」
作品としての完成度にこだわるのではなく、まず『見た』という体験を体に刻印する。この『見た』という行為には、その場所の温度や、匂いや、自分の気持ちなども、すべて含まれているのではないでしょうか。とても難しいお話でしたが、横尾さんの創作の視点にほんの少しだけ触れられた気がしました。
確かに、クリエイティブフォト・コンテストのテーマ解説でも「自らがシャッターを切った写真」と記されています。今回の横尾さんのお話を聞くと、その言葉にも深い意味があったのだと感じます。未応募の方はぜひこのお話しを参考にして、ふるってクリエイティブフォト・コンテストへご応募ください。

