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Vol.11:技術の壁への挑戦

拝啓 設計者より
Vol.11 技術の壁への挑戦
技術の壁を乗り越え
誕生したオリンパスペン
オリンパス ペン
リアーワインディング式
ノブ
巻き上げスプロケット上にノブを配置し、歯車でスプロケットを回転させ、フィルムの巻き上げを行った。
リアーワインディング式 ノブ
離脱式 後蓋
裏面のつまみを半回転させ、ロックを外して後蓋を引き下げてフィルムを装填した。
離脱式 後蓋
離脱式 後蓋
壁に挑む情熱

北アルプスを縦走したときの話だが、槍ヶ岳から北穂高岳に向かう途中の大キレットで、私は垂直にそそり立つ岩壁に張り付いていた。登るルートを探りながら手を掛ける岩の裂け目を探しているとき、上で“あっ!”と言う悲鳴が聞こえ40cm角ほどの岩が肩をかすめて落ちていった。両手両足を目いっぱい広げ岩にしがみ付いているので身動きもとれず、落ちてくる岩を避けようのない姿勢であった。

幸い岩壁の上部が突き出ていてややオーバーハングになっていたので、身体が岩に隠れる状態で助かった。

更に登ろうと手探りするが手の掛けられる所がどうしても見つからず、折角、登ってきたものの、一旦後下がりせざるをえなかった。ここでもう一度岩壁の全体を見直し、今度は張り出した岩の左にルートを取ってやっと登りきり、素晴らしい眺めを満喫することができた。

技術の世界にも壁がある。何か新しい物を作ろうとすると、行く手にはそれを阻むように幾重もの山があり、技術的な壁が立ちはだかっている。簡単に作れるものならとっくに作られているはずだから、これまでに存在しないということは、そこに技術的な障壁があったのであろう。

大なり小なりその技術の壁と常に対峙し、乗り越えて、それまでは不可能とされていたことを可能にしながら、新しいものを作り出すのが技術者の仕事といえる。

そんな技術の壁にもいろいろなものがある。世間から注目されるような、世界初の次世代機能というべき大テーマに挑戦しようとすると、そこには越すに越せない巨大な技術の壁が行く手を阻んでいるものである。

その壁に挑戦し、最先端技術を駆使しながらこれまで出来なかった項目を一つ一つクリアしてゆく。そんな新機能を実現化させようとする努力は誰からも注目を浴びるし、情熱も湧いてくる。

ところが、新機能の開発という大テーマには程遠い、日頃、よく直面する、ただ単なる“コスト低減”という活動にも必ず技術の壁がある。技術的には新機能開発と同等以上の壁なのだが、外からは見えにくい存在だけに地味な活動となり、技術の壁への挑戦にも今一つ力の入らないのが常であろう。

しかし、ものを作る上でコスト低減は重要な課題の1つである。少ない部品で同じ機能が達成できるなら、小型にできるし、精度も出しやすく、それだけ故障も少なくなり、求めやすい価格になるなど利点が多い。

この目立たない“コスト低減”活動は、一見、縁の下の努力のように見えるのだが、実は商品作りの上で重要な役割を担っていて、新機能開拓以上に情熱を傾けなければならない。

ファインダー
ハーフミラーを使った、逆ガリレイ採光式ファインダーを採用。ハーフサイズなので縦の構図になる。
ファインダー
フィルムカウンター
フィルムを装填した後に2枚カラ送りを行い、ハーフサイズなので36枚フィルムなら72の位置に手で合わせて撮影枚数を設定した。
フィルムカウンター
これまでのコマ数計

例えば、フィルム・カウンターのメカニズムである。写真を撮影するたびにコマ数計の数字が1目盛ずつ増えて表示すればよい。今の電子技術を使うならICと液晶表示で、いとも簡単にできる機能といえる。

しかし、「オリンパス・ペン」の設計に取り掛かった昭和32(1957)年頃となるとそんな電子技術はなく、すべてを機械的に解決しなければならなかった。

カメラ製造工場では「オリンパス 35S」が作られていた。カメラの後蓋を開ければカウンターが“0”に戻るというコマ数計自動復元機能がオリンパスとしては初めて組み込まれたカメラである。

電子的なら簡単に処理できる機能を全て機械的なメカニズムで達成しようとすると、それが結構大変な機構となる。ラチェット歯車や、送りフック、止めフック、戻しバネなど17部品も必要であった。

しかも、部品組立て時のカシメ作業で歯車が僅かに偏芯すると、送りフックが次の歯車まで届かず、空回りして1歯も送れなかったり、逆にフックが行き過ぎて、2歯を同時に送って目盛が飛んでしまったりする。カメラ組み立て時には36コマ分もシャッターを切って、フックが届かないとか、行き過ぎのないことを検査していた。それを何度も繰り返して検査するので、流れ作業の中では大変な作業工数を取っていた。

その「オリンパス 35S」が定価2万3000円なのに対して、「オリンパス・ペン」の場合は、その1/4の価格の僅か6000円で売れるカメラにしなければならない。設計上コストには厳しい要求となってくる。それにしてはレンズにコストを掛けすぎた。

商品計画のない研究課題とはいえ、豪華なテッサータイプのレンズを、しかも全体繰り出しで使うことにしたのである。“写真が命”とばかりにレンズにコストを注ぎ込んだ分、他のメカニズムでコスト低減を図らなければならなくなった。フィルム・カウンターの簡略化もその一つである。

現流製品では初めてカメラに組み込まれたフィルム・カウンターの自動復元メカニズムとあって、大変なコストをかけて完成させている。ここで改めて、そのメカニズムに更にメスを入れるとなれば、技術の壁が立ちはだかっていて簡単には解決できない。

よくあることだが、先輩たちの進めてきた道を理論的に立証しながら辿って行くと、目的の機能は達成するのだが、答えも、技術的方法も同じになってしまって他の解決策には繋がらない。

コストダウンのための限りない創意工夫
コストダウンのために徹底的にギヤを減らす工夫を施し、36歯の歯車の上に35歯の歯車を組み合わせた。歯車が1回転するたびに1目盛進む新しいフィルム・カウンターを作ることに成功した。これにより17部品が1部品になり、これ以上ないコスト低減になった。
歯車
歯車

分解した歯車。手前の金属製歯車が35歯で、本体についている歯車が36歯。黒い歯車はリアーワインディング式ノブの歯車。

オリンパスの歩み「カメラの歴史」
コスト低減への閃き

その技術の壁に立ち向かい、それを乗り越えて6000円で売れるカメラにしなければならない。回り道をするようだが、岩壁踏破の時と同じで、もう一度後戻りして、フィルム・カウンターの原点に立ち戻り、機能の全体を見直す必要があった。

そこで思考の角度を変えて、撮影するたびに1歯(1目盛)送るのではなく、1歯ズレればよいのだと考え方を変えてみた。同じ事のように聞こえるかも知れないが、この発想の転換により技術的なアプローチはまったく違ってくる。

1コマ撮影するたびに1回転する歯車に歯数36の同じ歯車を2枚重ねておく。歯車は1歯ずつ噛み合いながら回転するから、1コマ巻き上げると36歯進んで2枚の歯車とも1回転する。

そこで、今度は歯数36の上に、1歯少ない歯数35の歯車を重ねてみる。上記と同じように、1コマ撮影すると36歯送るので、36歯の歯車の方は今まで通り丁度1回転する。しかし、重ねたもう1つの歯車は35歯で既に1回転しているので、36歯送ると1回転と更に1歯進むことになる。この1歯余分に進むことにより上下の歯車に回転ズレが出る。

この回転角度のズレ差を利用して目盛を付ければ、歯車が1回転するたびに1目盛進む新しいフィルム・カウンターになるのではないかと、一瞬、閃いた。その閃きが、技術の壁を乗り越えるための重要な足がかりとなり解決策に繋がった。

歯数の違う歯車を1枚重ねるだけで1目盛送れるメカニズムの完成で、17部品が1部品になり、これ以上のコスト低減はない。

上にのせた35歯の歯車は力の伝達する歯車ではないので、プレス加工で作れるコストのかからない歯車でよい。しかも、2枚重ねの歯車はどんなに早く巻こうとゆっくり巻こうと歯車は1歯ずつ噛み合いながら回転するので、送りすぎとか送り足らずといった目盛ズレは絶対に出ない。理論上からも検査の必要がなく、故障の出ない解決策であった。

コスト低減活動は新機能開拓のような派手さは無いし、外見からは見えないだけにユーザーや営業部門には認められにくい活動ではあるが、作る工場にとっては大変な効果があった。

どんな仕事にも行く手には必ず技術の壁がある。そんな壁に直面したとき、一度原点に立ち返って問題の壁と距離を置き、何が目的で、何が必要なのかを別の角度から機能を見直してみる。そして、苦しみながら模索するうちに、閃きによって、解決策への新しい道が開けてくるものである。そうした先達者とは違った道を模索するのも壁を乗り越える重要な方策の1つといえる。

その他のメカニズムについても手を打った。歯車はホブ盤という歯車加工専用機で1歯ずつ削りだして作る高価な部品である。歯形が崩れたりギア間隔が狂うとゴリゴリした感じになり、力の伝達効率が悪くなるので精密加工を必要とする。しかし、カメラは複雑な機能達成のために歯車の集合体といった感じで作られていて、精密機械の代表格となっていた。

「ペン」ではレンズにコストを掛けたから、高価な歯車を最小限にとどめることに挑戦し、2枚の歯車と前記1枚のプレス歯車しか使わないという低コスト設計で仕上がった。