子供たちに虫の面白さを伝える 海野 和男

インタビュー:2016年3月2日

海野 和男 Kazuo Unno

東京農工大学の日高敏隆研究室で昆虫行動学を学ぶ。アジアやアメリカの熱帯雨林地域で昆虫の擬態を長年撮影。国内では100冊を超える昆虫の本を出版。2014年には、マレーシアで『Insects My First Fascinating Insect Book from Malaysia』と『Where is the Insect ?』を出版。2016年にもさらに2冊を出版予定。日本自然科学写真協会会長。

身近にいる虫を通して自然を知ってほしい

昆虫写真家・海野 和男氏は、国内はもとより海外でも出版活動を展開しています。2014年にはマレーシアで2冊の本を出版。2016年にも2冊の出版準備が進んでいます。国内外の子供たちに向けて本を作り続けるのはなぜか、お話をうかがいました。

編集委員

マレーシアで精力的に昆虫の本を出版されていますね。

海野

マレーシアはイギリスの影響を強く受けていて、大人向けの自然の本はたくさんあります。ところが、子供向けの本は全くなくて、イギリスの出版物がそのまま入っています。つまり、マレーシアの自然については全く触れていないわけです。マレーシアには素晴らしい虫がたくさんいて、よく撮影に行きます。僕は、マレーシアの子供たちに、自分たちの身近にいる虫を通して、自然に関する知識を得たり感性を磨いたりしてもらいたいと考えています。

子供のころに、そういうものに接するのが1番なんです。僕も子供のころ、昆虫図鑑を見て、虫が好きになって、虫の写真を撮るようになりました。そういうきっかけになるような本を作りたいと考えて、2014年に2冊の本を作りました。マレーシアには僕が拠点にしているチョウの飼育施設があるのですが、その施設で販売する本です。

キシタアゲハの撮影に悪戦苦闘

編集委員

いまも新しく2冊の本をご準備されているそうですね。

海野

1冊はフィールドガイド。野外で簡単に使える図鑑というイメージですね。実際に野外に出て、この虫は何かなと思ったときに見てもらうような使い方を想定しています。もう1冊はキシタアゲハの一生を扱った本になります。

編集委員

キシタアゲハは、どのくらいの期間で撮影されたのですか。

海野

先ほどお話ししたチョウの飼育施設では、キシタアゲハも飼っています。それで1か月ほど滞在して、卵から親になるまで全部撮ろうと計画しました。キシタアゲハは1か月では卵から親にならないので、卵からずっと追っかけるのではなくて、いろいろな生育段階にあるチョウを撮影していきました。施設内にいるチョウを撮るわけですから、野外で撮影していくことを考えると随分楽なわけです。でも、実際やってみると、いろいろ苦労することが多かったですね。

例えば、卵からかえるところを撮るためには、照明がないと撮れません。それで室内にスタジオを作って照明をつけっぱなしにしました。そうしたら、いつまでたってもかえらない。光が当たっていると駄目みたいなんです。結局、卵に光を当てないでかえったのを1回だけ撮れました。

編集委員

ほかにも難しいシーンはありましたか。

海野

卵を産む瞬間ですね。施設で飼育している中から卵を産みそうなチョウを大きめの飼育ケージに放してもらって、徹底的にマークしました。歩き回る範囲が狭いだけで、野外で撮影するのと同じですね。そのくせ飼育ケージには鉄の棒みたいに邪魔なものが写り込みます。卵を産み付ける場所におしりを付けている間は5秒もないくらいです。その瞬間は、丸3日かかって2カットしか撮れませんでした。

施設内での撮影には、14-150mmのレンズが役立ちました[※]。サイズが小さいので、取り回しがしやすい。ケージの中はいろいろなものが置いてあるので、大きいレンズだとぶつかったりして大変ですが、このレンズはコンパクトなので助かりました。

M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm

虫を飼うことで生命の不思議を知る

編集委員

子供たちに虫に興味を持ってほしいと考えるのはなぜですか。

海野

まずは、虫を知れば世界が分かるからですね。人間とは別の生き方をしている生きものを知ることで、世界の成り立ちが分かってきます。いま、生物の多様性ということが言われるけれども、地球上で一番多様な生きものは、何と言っても昆虫です。名前の付いているものだけで100万種以上いますから。生き方も多様で、けんかや共生といった種と種の間の関係も1番発達しています。

虫が、知の宝庫になっていることもありますね。例えば、医療現場で使われている注射針には蚊の口をまねしたものがあります。それから、蚕の繭から採れるセシリンは、化粧品などに使われています。

あとは、子供のときに虫に触れて命を知れば、大人になって人殺しをするような人はいないと僕は思っています。昆虫は小さいですから、踏みつぶして殺しちゃうことだってあります。そういう経験をして、命とは何であるかということを子供が身近に感じられるわけです。虫を飼っていると、卵を産んだり、死んだり、いろんなことが経験できる。そうして、いろんな生命の不思議を知るわけですね。

虫を知ることで人間も好きになった

編集委員

ご自身も、子供のころからずっと虫が好きだったのですか?

海野

虫と遊んでいるときが楽しくてね。僕、実は小学校低学年のころは人間が怖くてしようがなかったんです。だから、人といるのが嫌でね。学校も大嫌いでした。運動会や音楽会のときは病気になって休む。アパートの3階に住んでいたので、そこから下を見て、チョウはどんなところを飛んでいくのか、どんな飛び方をするのかずっと見ていました。

それが虫を本格的にやるようになって、虫の写真を撮るようになったら、人間も大好きになった。つまり、最初は自分だけ違う世界に生きているような気がしていたけれども、そういうことじゃない、虫も人間も同じということが分かったわけですね。

編集委員

お生まれは東京ですか。

海野

生まれたのは杉並ですが、育ちは新宿。僕が子供のころは、戦後の焼け野原から立ち上がるという時代でした。焼け野原になっていなくなった虫がいる反面、広い空き地ができたから、ショウリョウバッタとかトノサマバッタとかは増えました。

チョウも、キアゲハなどがいました。いまは都内の千代田区あたりにはいません。だけど、幼虫がクスノキを食べるアオスジアゲハは、そのころは少なかったのに今はたくさんいる。どうしてかというと、公害に強いクスノキが1960年代から70年代にたくさん植えられたから。チョウの変遷を見るだけで、東京の自然の移り変わりが分かります。

子供たちにカメラを持たせてほしい

編集委員

これからの仕事のご予定を教えてください。

海野

海外での出版はマレーシアだけではなくて、世界の子供たちに向けて本を作りたいですね。例えば、擬態の本。チョウにも擬態するものがいます。毒のあるチョウに擬態するわけです。実は、先週までタイに行っていて、そういうチョウをたくさん撮りました。最初はカラスアゲハの仲間の珍しいチョウを見たいと思っていたのですが、実際に行ってみると擬態チョウがものすごく多かった。もうテレビ番組でも作りたいと思うぐらいすごくて面白かったですよ。それを300mmF4のレンズでバンバン撮りまくりました[※1]

編集委員

新しいレンズですね。実際に使われてみて、いかがでしたか。

海野

ものすごくいいですよ。まず、オートフォーカスがよく効いて手ぶれしません。だから、ピントが合わないというイライラ感が全くありませんでした。虫を撮っていると、せっかく見たのにすぐに逃げられて悔しい思いをすることがよくあります。それがこのレンズではほぼゼロ。タイの擬態チョウも、見たものをほぼ百発百中で撮れました。

それに、300mmにテレコンを付けると、35mm判に換算すると840mm相当になります[※2]。これまでの40-150mmのレンズだと1メートルぐらいに寄らなければならなかったのが、2,3メートル離れていても結構撮れる。そのくらいの距離だと、チョウは全くこちらを警戒しません。それに、仮に小さく撮っても拡大したときに画像が驚くほどシャープです。図鑑を作るときに必要な写真を撮るのに、300mmとテレコンの組み合わせは鬼に金棒ですね。

※1 M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO

※2 M.ZUIKO DIGITAL 1.4x Teleconverter MC-14

文:岡野 幸治