山地酪農を通して社会の豊かさを考える 安田 菜津紀

インタビュー:2018年2月6日

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

フォトジャーナリスト。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は岩手県陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。2018年4月13日~4月18日にオリンパスギャラリー東京、同年5月7日~5月17日にオリンパスギャラリー大阪で、安田 菜津紀 写真展『The Voice of Life 死と、生と』を開催。最新刊は『しあわせの牛乳』(著:佐藤慧、写真:安田菜津紀、ポプラ社)。J-WAVE『JAM THE WORLD』ニュース・スーパーバイザー、TBS『サンデーモーニング』コメンテーター。

険しい山に一年中牛を放牧する

フォトジャーナリスト・安田菜津紀さんが岩手県岩泉町にある『なかほら牧場』を取材しています。なかほら牧場では、『山地(やまち)酪農』と呼ばれる独自のやり方で、牛も人も生き生きと暮らせる酪農を実践しています。個性あふれる酪農の手法と、そこで考えたことなどを安田さんにうかがいました。

編集委員

どのようないきさつで、なかほら牧場を取材するようになったのですか。

安田

本当にひょんなことから始まりました。ある出版社からなかほら牧場の本を作るから表紙の写真を撮ってほしいというお話をいただいたんです。それで実際になかほら牧場にお邪魔したのですが、出版社の都合で企画が変更になり、文を(ジャーナリストの)夫が、写真を私が担当することになりました。

編集委員

なかほら牧場では山地酪農と呼ばれる方法を実践されているそうですが、具体的にはどんな手法なのですか?

安田

酪農というと、どんなようすをイメージされますか。たとえば牛乳のパッケージには広い高原に牛が放牧されている絵が描いてあったりしますけれど、そういう実践をしているのは本当に一握りの牧場です。たいてい牛はずっと牛舎につながれたままで、食べているのも牧草ではなくて穀物です。本当は穀物は牛の体に合わないため、本来の寿命よりもずっと早く死んでしまうことも多く、牛にとって不幸せな環境になっています。

なかほら牧場はそれとは対照的です。24時間365日の自然放牧。それも高原の牧草地ではなく、切り立った山に牛を放しています。それで「どうぞ自分たちでご飯を勝手に食べてきてください。子どもも作ってください。ただ、搾乳の時間だけはちょっと下りてきてくださいね」という感じで、牛のペースで生きてもらうことを大切にしているんです。

牛と人との共同作業で山を開拓する

編集委員

取材が始まったのはいつですか。

安田

私が初めてお邪魔したのは2013年になります。陸前高田から宮古まで車で4時間かけて北上して、そこから山道を上ってなかほら牧場に到着しました。秋口だったので初めてでも何とか行けましたが、冬、吹雪のときはちょっと素人では行けないかなというくらい山奥にあります。

編集委員

そのときの印象を教えてください。

安田

最初驚いたのは、それぞれの牛にはっきりとしたキャラクターがあることです。「遊んで。遊んで」という感じで寄ってくる人なつこい子がいれば、「私、あなたに乳搾らせてあげてんのよ」みたいなツンデレの子もいる。目つきも顔つきも画一的ではなくて、それぞれのリズムを刻みながら生きているという感じがしました。

編集委員

今回見せていただいた作品で、藪の中に牛がいる写真があります。こんなところに牛がいるのかと驚きました。

安田

一昨年、山を増やして敷地を広げて、そこに牛を放ったんです。そうすると、牛は山に分け入って、そこにある笹とか下草のうち食べられるものをどんどん食べていきます。そして、ある程度きれいになったところで、人が木を切って山を整えていくのです。

牛が山の奥に入っていくと、見つけるのが大変です。耳を澄ませて、「これは牛が葉っぱを食べている音かな」と思ったら、山に分け入っていきます。でも、人間はヤワなので限界があります。やっぱり牛にはかなわないですね。山を切り拓いていくときの牛は、目つきの鋭さや野性味が全然違います。なかほら牧場で長く酪農をやっていらっしゃる方も、「こんな牛の顔は見たことがなかった」とおっしゃっていました。

編集委員

今は開けているところも、もともとはうっそうとした山だったわけですか。

安田

そうです。牛が食べられる草をどんどん食べると、あとには野シバが自生します。そうやって、牛と人が一緒になって山を開拓していったのです。野シバは根っこが下へ下へと伸びるので、土砂災害にも強いです。2016年の台風10号で岩泉は大きな被害を受けましたが、なかほら牧場はどこかが土砂崩れを起こすこともありませんでした。

編集委員

厳冬期でも牛は外にいるのですか。

安田

人間だったらアイゼンが必要な雪山を、蹄でガンガン登っていきます。牛が寒さに強いというのは、私にとって一つの発見でした。牛が座ったところは、そこだけ雪が溶けて跡が残っていたりします。

季節によって変わる牛乳の味

編集委員

そんな育ち方をした牛からの牛乳は、やはり違いがありますか。

安田

本当においしくて素晴らしいです。すっきりしているのですが、飲み応えもあります。それに、季節による違いもあります。私が最初にいただいたのは秋の牛乳。次に行ったのは春先ですが、風味が微妙に違うのに驚きました。考えてみたら、それは当たり前のことです。動物の体、たとえば脂肪の蓄え方などは、季節によってまったく違ってきます。それに食べるのが青草なのか、枯れかけた下草なのか、干し草なのかによって、体に入ってくる栄養も違ってきます。普通は一年中均質なものを作らなければ駄目といわれるかもしれませんけれど、考えてみると自然のリズムによって味が変わるのは当然ですよね。

あと、びっくりしたのがバターです。北海道や岩手には『バターしょう油ご飯』を食べる習慣がありますけれど、なかほら牧場のバターだと、私はしょう油を入れなくてもいいかなと思います。バターだけで、たぶんご飯3杯くらいいけます(笑)。

「安いものを大量に」という思考を超えて

編集委員

それだけ素晴らしい山地酪農をみんながやっていないのはなぜですか。

安田

私たちが安いものを大量にと考える限り、それは難しいと思います。安いものには必ず理由があります。年末年始にガーナに行ってきたのですが、たとえば私たちがチョコレートを安く大量に買いたいという思考でいる限り、ガーナのカカオ畑で子どもたちが働かされることはなくなりません。

牛乳も同じです。自然なかたちで牛を放しておくと、そんなにたくさんの乳量は出ません。特に冬は草が枯れてしまうので、どうしても乳量は減ります。これだけ多くの人が毎日牛乳を飲むとなると、なるべく多くの乳量を出せるように穀物をどんどん食べさせて、牛舎につないだままにすることになります。私たちが安いものを大量に飲み続けるという思考でいる限り、牛たちが負担を強いられるのです。

牧場主の中洞さんはよく「牛乳は毎日飲まなくていいんだ」とおっしゃっています。食べ物は私たちにとって身近なものですが、だからこそまずそこから考えていくことはとても有効なのではないかと思います。

編集委員

なかほら牧場の牛たちは幸せそうですね。牛と人がのんびりと戯れていて、見ているほうまで幸せな気分になります。

安田

不思議なんですよね。中洞さんが近づいていくと、牛たちが自分からゴロゴロと甘えていきます。中洞さんはなにか不思議なエキスを放っているみたいです(笑)。中洞さんに対しては、牛たちの心の開き方が全然違うんです。

欧米には『アニマルウェルフェア』という概念があります。人間はお肉も食べるし、野菜だって食べます。生き物の命をいただいて生きているわけです。でも、動物たちの権利をまったく無視したかたちで命を奪うのと、なるべく幸せな環境を作って命をいただくのでは大きな違いがあります。だから、動物の快適性に配慮することで動物のストレスや疾病を減らそうというのが、アニマルウェルフェアの考え方です。日本で認証制度が発足したのは最近のことですが、なかほら牧場は日本で第1号の認証を受けています。

こういう実践が全国に広がって、一つのスタンダードになっていくといいと思います。なかほら牧場にいるのは牛ですけれど、たとえば養豚業とか、もしかしたら漁業に当てはめてもいいのかもしれない。ほかの産業でも、目の前の動物たちと自分たちがハッピーに生きられる方法を追求する場があってもいいのかなと思います。

写真展で感じてほしいこと

編集委員

4月には東京で、5月には大阪で写真展『The Voice of Life 死と、生と』が開催されます。こちらは、どのような内容の写真展になりますか。

安田

いろいろな国の『死』と『生』にフォーカスした写真展になります。『生』には『生まれる』ということももちろんあるのですが、困難な環境で『生き抜く』という意味も入ってきます。『死』にはその人が亡くなるということとともに、身近な人がその死とどう向き合っていくかということも含まれてきます。

日本では、東京に暮らしていらっしゃるお二人を撮影させていただきました。女性がもう亡くなることがわかっていながら、自分たちらしく生きたいとご自宅でいろいろな工夫をしながら暮らしていらっしゃったお二人です。お看取りを迎えるまでの日々、そしてその後も撮らせていただいています。死は本当につらいことですが、死を見つめることによって初めて生が輝いていくということも一緒に伝えられるといいと思います。

海外では近年取材で訪れることが多いイラクが中心になります。イラクは私が訪れてきた中で、撮影させていただいた方に再会するのが一番難しい国です。自分がカメラを向けた子どもたちに、次の機会に写真を持っていこうとしたら、もうそこにはいない。多くの場合、子どもたちは亡くなっているのです。その子たちが写ってくれた写真を見返すと、何のためにこの子たちは写真を撮ることに同意してくれたのだろうと思います。

いろいろな国の『死』と『生』をまとめた写真展ですが、来場される方にはそれを遠い世界のことと思うのではなく、ご自分自身の体験とリンクさせながら見ていただけたらと思います。

文:岡野 幸治