ばんえい競馬を撮りながら生きる 山岸 伸

インタビュー:2019年1月23日

山岸 伸 Shin Yamagishi

タレント、アイドル、俳優、女優、スポーツ選手などのポートレート撮影を中心に活躍。とかち観光大使として、10年以上前から『北海道遺産 ばんえい競馬』の撮影で帯広市に貢献。また、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、靖國の桜、球体関節人形など撮影対象を広げている。2019年3月22日~3月27日にオリンパスギャラリー東京、同年4月5日~4月11日オリンパスギャラリー大阪で『瞬間の顔Vol.11』を開催。ギャラリーに隣接するクリエイ ティブウォールでは『山岸伸を支えてくれたアシスタント達の写真展』を同時開催。2019年7月14日にHakuju Hallで開催される『瞳 写×音 写真家山岸伸と佐藤倫子が写す、アーティスト新倉瞳』では、写真とチェロの異色コラボレーションコンサートを実現。

砂塵の中で朝の調教を撮影

ばんえい競馬は、鉄製のそりを曳いた馬が200メートルの直線コースを進むレースです。現在、国内の地方競馬では北海道帯広市だけで開催されています。山岸伸氏が、このばんえい競馬を撮り始めて12年。その間、売り上げ減少による廃止の危機もありましたが、インターネットを通じた在宅投票などによって見事に復活し、いまでは貴重な観光資源の1つになっています。こうした環境の変化を見つめながら、山岸氏は変わることなくばんえい競馬を撮り続けています。

編集委員

ちょうどばんえい競馬の撮影からお戻りになったそうですね。

山岸

一昨日帰ってきたところなんですよ。1月の北海道ということで雪を期待して行ったんですけれど、雪はまったくありませんでした。その代わりにみんなが嫌っている砂塵。競馬場の地面は砂なんですけど、朝の調教で馬が一生懸命歩いてくると、砂煙でカメラが埃だらけになる。アシスタントに、「絶対レンズ交換するなよ」と言うぐらいすごい(笑)。ところが、この砂塵が朝日に照らされて、何とも言えない幻想的な雰囲気になりました。

編集委員

いつも帯広に行かれるときと比べて、1日長い日程だったそうですね。

山岸

今回は“売れる写真”ということをテーマに馬を撮ったんです。これまで売れる写真とかいい写真とか、そんな区別はしないで撮ってきました。ところが、この間北海道の震災チャリティー写真展を企画された方に頼まれてばんえい競馬の写真を出品したら6枚売れた。女性をテーマにした写真展をやったとき、人に勧められて写真を販売したら、企業の方が「会社には女性ポートレートは飾れないから」と言って、代わりにばんえい競馬の写真を4枚買ってくれた。帯広市長の部屋にばんえい競馬の写真をプレゼントしたら、それを見た某企業の社長さんがどうしても欲しいと言ってくださっている。それは僕にとっては衝撃的なことなんです。

編集委員

“売れる写真”ということを意識すると、撮り方が変わってくるのですか。

山岸

全然違いますね。家に飾られることを考えると、明るい写真がいい。僕はいつも真っ暗なときに行って、30分くらい競馬場で練習を見ています。そのときはシャッターを押してもぶれてしまって写らない。僕はISO3000とか4000では撮る気がしない人なので1200ぐらいから撮り始める。その時間帯は写真としては素晴らしい力があるけれど、暗い写真は部屋に飾るには好まれないんじゃないかと思う。だから、朝日が上がってくる中、馬の躍動感がある写真を極めようと。ばんえい競馬にはプライベートで賞金が出せるので、作品が売れたらそれで山岸賞として賞金を出そうと思っていて、それは約束してきました。

馬の写真にはセオリーがある

編集委員

初めてばんえい競馬を訪れたのは12年前ということですが、そのときの撮影について教えてください。

山岸

親しい芸能事務所の社長さんに「忙しいばっかりじゃダメだよ。北海道に馬のレースを見に行こう」って誘われたのが最初ですよ。だから、被写体として見ていたわけではなかった。すごくきれいな馬がいたので、カメラを出してそれを遠くから撮っていた。それがすごく良かったのでもう1回行きたいなと思って、1週間後くらいに撮りに行ったらやっぱりいい写真が撮れる。なぜかわかります?それはね、馬を撮ったことがなかったから(笑)。馬の写真のプロが見たら、そんなにいい写真じゃなかったかもしれない。けれど、僕にとっては写っていれば何でも良い写真だったんですよ。

馬の写真にはこうでなければいけないというセオリーがあります。連写なんかしたら足が真っ直ぐに揃って格好悪いから、足が上がる寸前を1枚ずつ撮っていかないといけない。ほかにも馬の吐く息とか、本当にいろいろなセオリーがあって、みんなきっちり押さえていったらそれは大変なもの。しかも、ばんえい競馬の場合、馬はそんなにスピードを出して走っているわけじゃないから。

編集委員

遅い方が撮りやすいのではないのですか。

山岸

超スピードで走っていたら、むしろ簡単なの。イチ・ニ、イチ・ニと同じリズムで来るからバンバンって撮れちゃう。だけど、ばんえい競馬はずり足でくるから、なかなかタイミングが合わないんですよ。ばんえい競馬には、いま朝調教の見学ツアーがあってみんな夢中で写真を撮っているけど、そのタイミングまでは1回じゃ無理。俺、何十回も行ってやっとだから(笑)。ポイントをみんな押さえられるようになったのは。

人とは違う写真を撮るために

編集委員

競馬場はそれほど広い場所ではないと思いますが、作品を見ているとまったくそんなふうには感じません。

山岸

馬は危険だし、競馬はギャンブルだから、入れる場所の制限もあります。となると、長玉(望遠レンズ)を使わないと撮れない。レンズワークで何かを変えることができないから、どうしても単調になる。だって、狭いところをぐるぐる回っているだけなんだから。それで、ここまで寄っていいですかという話になるけど、騎手の方や馬主さんをはじめ、多くの人が関係しているから、簡単に話は進まないですよ。それを10年かけて何とかクリアして、最近ようやく好きな写真を撮れるところまできた。

僕は仕事としてずっと人を撮ってきたけど、当時のグラビアには毎週同じアイドルが出てくる。これは山岸さんが撮った、これは何々さんが撮った、誰がうまいとかいうのは、見た人も事務所の人も本人も明確にわかる。口に出しては言わないけど、常に競争だよね。そういう世界でずっとやってきたから、同じ被写体をみんなとは違うように撮るという努力は当然しているよね。

あそこにいて写真を撮っていたら、それで生きていけるんじゃないかと思うときがある。毎日、競馬場で馬を見ながら写真を撮って、1日1枚いい写真が撮れて、それを販売できたら最高だなとかね。いま70歳を目の前にして、自分の生き方というか、写真屋としての落としどころをどこに見つけられるかと考えたときに、やっぱり作品を残す、それしかないなって思うんだよね。

カメラの進化とともに生きる

編集委員

今回は、新機種のOM-D E-M1Xで撮影されたということですが、いかがでしたか。

山岸

このカメラ、ファインダーがものすごく良くなった。僕は、飲んでいる薬の副作用で涙が止まらなくて、寒くなるとよけいに涙が出てくる。だから、普段は背面モニターを見ているけれど、朝日のシーンはそれではピントが合わないんです。それで久しぶりにファインダーを覗いたら、厳しい状況でも被写体がきっちり見えた。ファインダーも大きくなったし、明るいし、チカチカする感じもない。

僕はカメラは常に進化していくし、それによって僕らも進化できると考えています。カメラとカメラマンは共存関係。例えば、老いていくカメラマンがいたとしても、カメラが進化してくれたら、それに助けられて写真を撮り続けられる。僕の場合は、ただの老化じゃなくて病気なんだけど、病気によってそれまでと違いが出てきても、それをカメラが補ってくれる。医療の進歩と同じですよ。そんなことを感じているカメラマンはほかにいないでしょうけどね。

新しいステージに入った『瞬間の顔』

編集委員

3月には男性ポートレートの写真展『瞬間の顔』が開催されます。シリーズ11回目ですね。

山岸

今回はいつもより多く、76組も撮りました(笑)。というのは、撮ってほしいという方がいるんですよ。それは本当に幸せなことで、カメラマン冥利に尽きますよ。「ここで撮ってほしい」と自分で撮影場所を決めてくれる方もいっぱい出てきた。うれしいですね。

編集委員

写真展のDMは、ロボットクリエーターの高橋智隆さんと能楽師で人間国宝の山本東次郎さんという、異色の組み合わせですね。

山岸

僕は、将来はロボットの目がカメラになると思っています。例えば警官の代わりにロボットが立っていて監視カメラが全部見ているとかね。そういう最先端のものを作っている科学者と伝統芸能の方を選んだのは、将来の日本をたった1枚の中で表現しようと思ったから。今回の写真展では、そういう隠し絵みたいなものをたくさん仕込んでいます。例えば、建築家の隈研吾さんを撮った。別の日に撮ったヤクルトスワローズのマスコットキャラクターの写真には、隈さんが設計した新国立競技場の建設現場のクレーンが写っている。言わなければわからないことだけど、そういうのをたくさん入れています。

文:岡野 幸治

写真撮影:近井 沙妃