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台湾のお寺で人々の真剣な祈りを写す 山岸 伸

インタビュー:2017年1月27日

山岸 伸 Shin Yamagishi

俳優・アイドル・スポーツ選手・政治家などのポートレート撮影を中心に活躍。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、上賀茂神社、球体関節人形などにも対象を広げて撮影を続けている。その秀逸な写真活動により平成28年日本写真協会作家賞を受賞。2017年3月17日~22日にオリンパスギャラリー東京、同年4月7日~13日にオリンパスギャラリー大阪で『山岸 伸写真展 瞬間の顔 Vol.9』を開催。

人々の真剣な祈りが心の琴線に触れる

人物写真で知られる山岸 伸氏が、「祈り」をテーマに台湾の台北市にある龍山寺を撮影されています。どうして台湾のお寺を撮影することになったのか、何が山岸氏の心をとらえたのか、お話を伺いました。

編集委員

昨年から新しいテーマに取り組んでいるとお聞きしています。台湾のお寺を撮影されているとのことですが、撮影のいきさつから教えていただけますか。

山岸

台湾には週刊誌にグラビアの連載をしたり、ガラケー時代に携帯電話で作品を公開してもらったりと、仕事上ずいぶんお世話になっているんです。
撮影に行ったことも何度かあって、(俳優の)斎藤工さんのカレンダーは、今撮影をしている龍山寺というお寺でも撮影しています。だけど、撮影の仕事で行くとどうしても仕事目線になってしまう。つまり、人物の後ろにこのお寺の屋根が入るとすごくきれいだとか、そんな見方でモノを見てるから、なかなかゆっくりいろいろなものを見ることができないんです。

2015年12月に、事務所の社員旅行で台湾に行きました。龍山寺でぼーっとしているときに、「あれっ、台湾の人ってこんなに一生懸命お祈りをするんだ」と気づいたんです。最近僕は日本で神社やお寺を撮るようになっているけど、こんなふうに石畳にひざまずいて祈る人って見たことがない。それで、30分くらい石の階段に座って様子を見ているうちに、ここを撮ってみたいなあと思った。それが、ずっと頭から離れなかったので、撮影の許可を得ることにしたのです。

写真が地元の人々との距離を一気に縮めた

編集委員

1回に何日間くらいの日程で撮影に行かれるのですか。

山岸

これまで2回撮影に行っていますが、どちらも4泊5日です。台湾に行くと、ホテルと龍山寺の往復だけになります。朝4時に起きて5時にはタクシーで龍山寺に向かいます。開門は6時ですが、30分前に入れてもらって掃除をしているところから撮り始めます。朝のお参りが終わったらいったんホテルに帰って朝食。お昼のお参りを撮影したら、またホテルに帰って、夕方になったらまた撮影に行く。ずっとその繰り返しです。
向こうの言葉ができないから、9月に初めて行ったときは台湾の人に付いてきてもらったけど、12月は初日だけ一緒に挨拶してもらった。それで問題ない。今はもう、そこでは僕は有名人ですよ。どうしてだと思います?

編集委員

想像もつかないですが…。

山岸

写真なんですよ。地元の人は毎日お祈りに来ていて、時間帯やお祈りする場所まで決まっているんです。それで9月に撮影した写真を100枚プリントして持って行って、写っている本人に渡したんです。前に何日も撮影していた変な日本人だということはみんな覚えている。そのときは嫌な顔をしていた人たちも、写真を渡そうとしたら群がってきて、「自分は写っていないか」ってもう大変なんですよ。

編集委員

(その様子をとらえた写真を見ながら)皆さん、本当にうれしそうですね。

山岸

そうそう。こんなに写真を喜んでくれるとは、この人たち信仰深いのと同時に、すごい写真好きだなと(笑)。

今は肖像権の問題とか大変だけど、本当は心と心が通じればオッケーなんですよ。1回しか撮影に行かないなら、後ろ姿をスナップして終わりにしなくちゃならない。だけど、何回も行くならこういうことができるわけです。

お寺ではみんな観音様に向かって祈っているから、普通は後ろ姿しか撮れません。前に回ると神様と同じ位置に立つことになるから、それはすごいことなんですよ。だから、最初は怖かったんだけど、今はもうこの人だったら前に回っても大丈夫というのが見極められるから心配ないですね。

祈りほど純粋なものはない

編集委員

(数々の作品が次々とディスプレイに映される)一生懸命祈っている姿がとても印象的です。

山岸

龍山寺というお寺が面白いのは、もともとは仏教のお寺でご本尊は観音様なんだけど、儒教、道教の神様や歴史上の人物も祀られていて、神様の数は100を超えるというんです。だから、自分が信じる神は必ずいると言われている。そういう意味では、逆に宗教色があまりない。本当のお坊さんもたまにしか来ていないみたい。袈裟を着ている人はいるけれど、たぶんみんな地元の人たち。朝6時半ごろ集まってきて、預かり所で自分の袈裟を借りて、上着を脱いでその袈裟をまとう。だから、おもしろいことに足元は全員スニーカーです。掃除の人もぜんぶボランティア。そういう意味では本当に地域に根付いたお寺だと思います。

編集委員

日本では上賀茂神社を1年半にわたって撮影されるなど祈りの場を数多く撮影されていますが、祈りについてはどのようにお考えですか。

山岸

僕は祈りほど純粋なものはないと思います。あの石畳にずっと座って祈っているわけだけれど、自分がそこに何分正座していられるだろうと考えると、それは無理だと思うね。僕は上賀茂神社を撮影していたときは、いつも自分のことを祈っていた。写真がうまく撮れているようにとか自分の健康のこととかを祈ったりするわけです。同じように、龍山寺でもみんないろいろ祈っていると思います。たとえばお金持ちになりたいという人もいるだろうし、明日おいしいご飯が食べたいという人もいるだろうし、結婚したいという人もいれば、病気を治してほしいっていう人もいるだろうしね。

そこだけを見続けることの大切さ

編集委員

龍山寺は観光地としても知られていますね。

山岸

台北でも3本の指に入る観光スポットでしょう。だから、時間帯によっては旗を先頭にした団体の観光客がやってきます。地下鉄の駅から出てすぐのところにある。周りはビル。日本で言ったら、そう、浅草の浅草寺というところかな。近代都市の真ん中で、宗教の枠を超えて真剣な祈りが行われている。この人たちの祈る力はすごいなと思います。

小さなお寺なので、助手に「好きにしていていいよ」と言って別れても、建物の周りをぐるっと回ると必ず後ろで会っちゃう。それぐらい狭いです。

編集委員

そんな狭いところに、何日も何日も通っている…。

山岸

僕の場合、ほかに目を向けないということがものすごく大切なんです。お寺の周りには、なんかよくわからないヘビのお店とかいろいろと面白いものもあります。そういうものを撮って今撮っている写真に混ぜちゃうと、僕が思う純粋な祈りとはちょっと違ったものに見えてしまう。

山岸

最近、「写真は貯金だな」ってよく言ってるんですよ。お金を貯金するんじゃなくてデータを貯金する。そうすれば、僕らはプロなのでどこかで利子がついて返ってくる。あの馬鹿な日本人、いつもここに来て1日ずっと座っているねと。そうしたら、言葉なんか通じなくても向こうも何か感じるでしょう。これまで8日間行って、朝昼晩、朝昼晩と撮っているわけです。そうしたら、天気だって変わるし、いろんなことが起こる。

(モノクロの写真を見ながら)これはね、お寺に龍が出たんですよ。線香の煙がまるで龍が空に昇っているように見えた、ということなんだけど、白黒にして鮮明に写るようにしてみた。台湾の新聞に出ていたんだけど、周りからの苦情が多くて、この3月に龍山寺の線香が禁止になるかもしれないそうです。本当にそうなったら、この線香の煙は僕が撮ったもので終わりということになるかもしれないね。

写真に対する考え方を変えた『瞬間の顔』

編集委員

ところで、3月からは各界の男性を撮影した写真展『瞬間の顔 Vol.9』が開催されます。今回は過去最多の人が登場するそうで楽しみです。東京ヤクルトスワローズの山田哲人選手の写真は、打球の行方を追いかける子供たちの表情もとてもいいですね。

山岸

これは、福島で開催された少年野球教室です。山田選手は、最初少年用の金属バットを使っていて、何度打ってもスタンドに入らないんです。それで山田選手が普段使っているバットをコーチが持ってきた。それで帽子をかぶり直して「やるぞ」って気合を入れ直したんだけど、何を思ったのか「やっぱり要らない」と。

それでもう一度少年用の金属バットを持ったんだけど、本気を出したら全部入るわけ。その球の行方を子供たちが見てる。それがすごくよくてね。いい雰囲気だったから、どんどん前に出て行って撮りました(笑)。

編集委員

第10回に向けての準備も進んでいるそうですが、『瞬間の顔』についてはどのような想いを持っていますか。

山岸

これを撮るようになって人生観が変わりましたね。写真に対する考え方も変わった。僕は過去に自分から写真を撮らせてほしいなんて言ったことないんです。反対に、誰を撮りたいですかと聞かれたことはたくさんある。だけど、その頃は撮りたい人なんていなかった。それは、たぶん僕がまだ熟していなかったんだね。
いま、『瞬間の顔』では自分が撮りたい人を探して歩いてお願いするわけです。相手が受けてくれるかはわからない。そういう人たちに、昔撮ったアイドルの写真集とかグラビアの写真とか見せても、なかなか通用しない。いまは上賀茂神社とかばんえい競馬とかを撮り続けている。そして、そういうものを持っていくと「すごいねぇ。こういうのを撮ってるんだ」と、いい雰囲気になるわけです。

今でも女の子は毎日のように撮るけれど、スタンスが変わってきているのは確か。やっぱり年齢っていうものはあって、自分の年齢に合った仕事をしていかなきゃならないということはすごく感じますね。

文:岡野幸治