モンゴルの現在を写真の力だけで伝える 清水 哲朗

インタビュー:2015年10月5日

清水 哲朗 Tetsuro Shimizu

写真家・竹内敏信事務所で3年間助手を務めた後、フリーランスとして独立。独自の視点で自然風景からスナップ、ドキュメントまで幅広く撮影する。2005年『路上少年』で第1回名取洋之助写真賞受賞。2012年に15年間のモンゴル取材をまとめた写真集『CHANGE』を発表。2016年3月末よりオリンパスギャラリー東京・大阪にて、モンゴルの金鉱山を取材した写真展を開催予定。

3人のチームを作って制作を開始

長年モンゴルを撮り続けている写真家・清水 哲朗氏が、写真集『New Type』を上梓されました。10月初旬、制作の真っ只中にある清水氏に、写真の選考過程やタイトルに込めた意味などについて、お話をうかがいました。

編集委員

まずは、写真集を作ろうとお考えになったきっかけを教えてください。

清水

2012年に、モンゴルを15年かけて取材した成果をまとめた写真集『CHANGE』を出版しました。モンゴルの人たちのために写真集を残したいと思ったので、そのときはデザインから印刷まですべてモンゴルで行いました。現地で制作することで、当時のモンゴルの印刷や製本技術、デザイナーの仕事まで記録できるという考えもありました。

おかげさまで、写真集にはいい評価をいただいたのですが、心残りだったのは印刷品質です。色の転がり(想定した色にならないこと)が多々あって、ちょっと残念でした。また、500部限定で発行し、モンゴルと日本で販売したのですが、多くの日本の方には届いていません。そこで、『CHANGE』の日本語版を出そう、というところから話が始まったのです。ただ、いろいろ考え始めると、同じものを刷り直してもおもしろくないという気持ちになったので、もう『CHANGE』は終わりにして、次に進むことにしました。

編集委員

具体的には、どういう流れで制作が進んだのですか。

清水

今年の春に出版社が決まり、編集、デザイナー、僕の3人でチームを作りました。最初は、全体を3部構成にしてカラーとモノクロの両方を入れるとか、いろいろ言っていましたね。またその頃、熊本で『BURGED』という個展を開いたのですが、驚いたことにそのチームの人たちが身銭を切って熊本まで来てくれました。そして、個展の後、天草に一緒に旅をしました。

編集委員

そこで話を煮つめていったのですか。

清水

いや、それは全然ないですね。まずは、一緒に酒を飲んだりしてお互いを知るという感じでした。僕が写真を撮ったり、人と接したりするようすを、彼らは見ていたのかもしれませんが、なんでわざわざついて来たのだろう、という不思議な感覚でした。

伝えたいことが伝わる写真を厳選

編集委員

先週末に写真のセレクトがほぼ終わったそうですね。膨大な写真の中から、写真集に入れる作品をどうやって選んだのですか。

清水

最初は、片っ端からセレクトしていきました。今年だけで4回取材に行ったのですが、それだけで3万点ありました。今回の写真集は160ページなので、実際に載せられるのはせいぜい150点ほどです。でも、写真集に合いそうなものを選んでいったら、3万点のうちの3000点になりました。

そこで、ゴビ砂漠、湖、ウランバートルなどの撮影地ごとにフォルダー分けをし、全体を把握したうえで、バランスをとりながら減らしていきました。第1回の写真集の構成会議のときには、2013~15年の3年間の写真を502点に絞りました。

編集委員

どのような基準で残すものを決めたのですか。

清水

結局のところ、その写真は本当に自分が伝えたいものかを問いながら進めました。絵としてきれいなものはたくさんあるのですが、そうではなくて自分が伝えたかったことが本当に伝わるかを強く意識しました。

『New Type』というタイトルに込めた思い

編集委員

『New Type』というタイトルには、どんな意味が込められていますか。

清水

前作の『CHANGE』の作品を撮影していた頃は、モンゴルで民主化が進み、いろいろなことが変わっていく勢いがありました。ところが、いまはモノが行き渡って、満たされた感じがあります。スマホは使うし、Wi-Fiもあるし、車はレクサスに乗っていたりします。これはもう新しい時代だなと思って、『New Type』というタイトルにしました。

編集委員

タイトルは、すぐに決まったのですか。

清水

いえ、やっと出てきたタイトルです。長い間、ああでもない、こうでもないと、思いついた言葉を書いては消していたのですが、第1回の写真集構成会議のために編集部に向かう地下鉄の中でふと思いつきました。表参道を過ぎたところで、それまでの候補を口にしていたら、ふっとどこかから降ってきました。イメージしていたことと言葉が一致したので、もうほかの候補はいらないな、と思いました。

そこからは、1人ではなく、3人で話し合いながら選びました。でも、最初は、僕は口を出しませんでした。「ここまで絞ってきて、もう分からないから、2人で選んで」と言いました。2人とも、「あれっ」という感じでしたね。

編集委員

せっかくの写真集なので、隅々まで自分の思い通りにやりたいという気持ちにはなりませんでしたか。

清水

いい質問ですね。実は、僕はこれまで写真展でも雑誌のページでも、全部自分で選んで構成していました。ただ、それでは自分だけの世界に入ってしまう危険があり、発展性もそんなにないと思ったのです。それで、ほかの人の意見を入れることで化学反応が起きて、なにか新しい発想がうまれたらいいなと。しかも、今回、天草を旅したりして、皆、超個性的だけど向かっているゴールは同じだなと思えたことは大きいですね。チームとしてのバランスが、本当にいいんです。

編集委員

写真を選ぶときは、モニターで見るのですか、それともプリントアウトするのですか。

清水

写真集は手に取って見るものなので、プリントアウトしたもので見ています。見開きに2枚の写真を収めることが多いので、まずは2枚の組み合わせを作り、それをひたすら順番に並べていきました。3人いるといろんな知恵が出て、意外な発想が出てきたりします。

ただ、モンゴルを知っている人と知らない人では、見え方に違いがあります。写真のペアを作るときに、ほかのメンバーからおもしろい組み合わせを提案されても、モンゴル人に説明できないような組み合わせにはしませんでした。現地の人にも納得してもらえる写真集にするのは、譲れない目標ですから。

どうしても写真集には収まらなかった写真たち

編集委員

502点から絞っていく過程で、涙をのんで外した写真も多いのではないかと思います。今回、「PHOTO GALLERY」(このホームページの下部)でその一部をご紹介いただけるとのことですね。

清水

いくつか見ていきましょう。たとえば、(女性が写った)この写真。光や被写体の捉え方はいいし、写真としても好きなのですが、どうしても写真集にはうまくはまりません。見る人に、この写真に写っているものの意味をどのくらい感じてもらえるのかということですね。迷ったときには、『New Type』というタイトルに戻って考えました。つまり、この写真は『New Type』に当てはまるのかということです。

これは、モンゴルの国民的祭典ナーダムのようすですね。ナーダムで一番盛り上がるのが競馬です。勝った馬は縁起がいいので、みんなが馬の汗に触わろうとします。そのシーンを撮るために、ゴールの後で馬が流れてきそうな場所で待っていました。騎手の子どもたちは鞭を振り回しながら全速力で寄ってくるので怖いですよ(笑)。警官が持っているのは、スタンガンです。「寄るな。道を開けろ」と言いながら、バチバチやっています。修羅場ですね。だけど、この1枚だけではそうした事情が分かりにくいので、写真集には別の写真を入れました。

全体の流れを考えて、採用しなかったものもあります。これは、全面が結氷した湖です。一晩にして凍ると言われていて、透明度が半端ではないです。厚みは1メールくらいあって、その上を車が走ります。絵としてはおもしろいのですが、すこし説明的ですよね。イメージが強すぎると、写真集の流れが止まってしまうので、写真集からは外しました。

本質を伝えるためモノクロで勝負

編集委員

前作の『CHANGE』はセピアでしたが、今回の写真集はすべてモノクロということですね。

清水

セピアはちょっと色あせた感じになって懐かしさが出るので、『CHANGE』にはふさわしかったと思います。今回の『New Type』は、もう懐かしさは必要ないですね。クールな印象を与えられるモノクロのほうがよいと判断しました。カラーではなくモノクロを選んだのは、色情報をなくすことで、僕が伝えたい本質を見てもらいたいからです。色があると、伝えたいものとは違うところに見る人の注意がいってしまうことがあって、ある意味では色が邪魔で仕方ないのです。

それから、今回の写真集では、個々の写真には説明をまったく入れていません。もしかすると、いろいろと状況を説明したほうがより楽しんでもらえるのかもしれませんが、事前情報を知らない人にも、写真を見て、想像して、自分自身で物語を紡いでもらいたいと思っています。いわば、写真力での勝負ですね。それは、自分自身への挑戦でもあります。

文:岡野 幸治